「ダンスはうまく踊れない」の高樹澪さんは65歳 昨年事務所を退所「稼がなきゃ、という気負いがなくなって楽に…」
人気絶頂期にはファン100人にモミクチャにされたことも…
歌も歌っているのか。コンサート活動などは?
「人前で歌ったのは、もう4年前。所属事務所のイベントで歌いました。機会をいただけたら、もう一度ちゃんとボイストレーニングをして歌いたいですね。『ダンスはうまく踊れない』は私の大好きな井上陽水さんが、奥さまの石川セリさんのために作った歌。大事に歌いたいんです」
「ダンスはうまく踊れない」を歌った当時は、黒いロングヘアがキレイだったなぁ。
「当時は忙しくて、髪を洗ったあと、リンスもせずに濡れたまま寝ることもあったんですよ(笑)。自分では、クルクルとカールした髪に憧れていて、それで、最近はパーマヘアにすることが多くなりました。若い頃は事務所の方針で、自由にはできなかったんです」
去年、デビュー以来所属していた事務所を退所。現在はフリーで活動する。
「お世話になった社長が亡くなったのと、私自身のツテでお仕事をいただくことが多くなりましたから。フリーになったことで、稼がなきゃ、という気負いがなくなり楽になりましたよ(笑)。これからは『ウルトラマンティガ』で共演以来、仲良しの女優・吉本多香美チャンと一緒に、自身のこれまでの体験を語るトークイベントを継続的にやって、みんな幸せに生きていこうよ、と発信していきたい、と思っています」
6月21日、「イルマとレナのハートとハートで繋がる愛のギャザリング」をレンタルスペース「Lighthouse浅草」で行う。
さて、高樹さんは81年、オーディションを受け映画「モーニング・ムーンは粗雑に」で女優デビュー。翌年、「ダンスはうまく踊れない」をヒットさせ、多くのファンの憧れの的となった。
「歌番組に出始めたとたん、電車に乗れなくなりました。当時、東急東横線沿線に住んでいたので、最寄り駅の大倉山駅から渋谷駅まで電車に乗り改札を出ようとしたら、100人ぐらいの男女にいきなりつかみかかられ、『ファンです!』と髪を引っ張られ……毛がごっそり抜けて痛かったです」
ファンはありがたいやら、怖いやら……。
(取材・文=中野裕子)
▽高樹澪(たかき・みお) 1959年福岡生まれ、横浜育ち。小学2年から「劇団いろは」に所属し子役のエキストラとして活動。78年、中延学園(現・朋優学院)高校卒業後、銀行OLを経て81年、女優デビュー。翌82年、「ダンスはうまく踊れない」がヒット。