タケカワユキヒデさん「Can't Buy Me Loveはカッコよかった! ビートルズになりたかった!」

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中学時代にバンド仲間と20曲マスター。謝恩会で初ライブ

 その頃はまだ僕は小学生だったので、同級生でビートルズをカッコいいと思っている人はそんなにいません。その流れが急に変わるのは中学に入ってから。中1の終わりのころ、同級生からバンドをつくるけど、一緒にやらないかと誘われます。僕は小学生時代から仲間の間では音楽家として知られていたから(笑)、その僕を誘うのはよほど腕に自信があるんだろうなと最初は思いました。

 ところが、実態は野球部の仲間が中心で楽器なんか弾いたことがないヤツばかり(笑)。練習するのは毎日曜だけど、楽器を持ってないし、曲も弾けない。それで楽器を買うことから始めようということになり、バンドをやろうと言った言い出しっぺに、ギターを買わせたりして楽器を揃えていきました。

 その頃の僕はバイオリンだけでなく独学でギターも弾けたので彼らに教えたけど、僕の教え方では誰も理解ができなくてね。それで嫌になり、最初の頃はみんなでサッカーしたり。それが中2の途中ごろに別の野球部のチームメートがバンドに入って急に雰囲気が変わった。彼は僕と一緒に誘われたらしいけど、ある程度、弾けるようになってから入ろうと思ったそうです。ところが、入ってみたら彼が一番うまかった(笑)。メンバーが伸びたのはそれからです。そのうち曲を最後まで演奏できるようになっていきました。

 そして日本で最初に発売されたアルバム「ビートルズ!」に入っている曲をA面の1曲目からB面最後の14曲目までやろうということになった。1曲目ができたら2曲目、それができたら次と。A面の最初は「抱きしめたい」。これが結構、難しかった。何カ月もかかってやっとできたように記憶しています。それでもB面の最後の「プリーズ・ミスター・ポストマン」までどうにかクリアしました。

 結局、中学を卒業する時には20曲くらいできるようになっていました。楽器はもちろん、コーラスをつけ、歌で合いの手を入れて。完全コピーです。中学生でそこまでやるのはちょっとおかしいでしょ(笑)。そのうちの90%は僕がベースを弾きながらリードボーカルを取っていました。

 ハイライトは卒業の時の謝恩会です。その時が僕らにとっての初ライブでした。その頃にはみんなで小遣いを出し合い、月賦でエレキギターなんかも購入、エレキベースと2本のエレキとドラムで編成する本格的なビートルズバンドになっていました。当時、エレキは不良のイメージだから、先生には「エレキじゃなくて、歌を聴いてください」と言って聴いてもらった。先生たちは拍手してくれて、謝恩会で演奏するのを認めてくれた。

 謝恩会でやったのは「No Reply」「Twist and Shout」「Baby it's You」で最後が「She Loves You」の4曲。同級生たちは一曲一曲、すごい拍手をくれた。その頃の僕たちはビートルズになりたかった。だから喜んでもらえて本当にうれしかったですね。

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