読書の幅が広がること間違いなしの文庫アンソロジー特集
「豊臣家族」今村翔吾、木下昌輝ほか著
年末年始にじっくりと読書を楽しむ計画を立てているなら、まずはアンソロジーを手に取ってみるのはいかが。これまで読んでこなかった作家の魅力と出合えたり、好きなテーマの物語が見つかったりと、読書の幅が広がること請け合いだ。時代物からミステリーまで、選りすぐりのアンソロジーを紹介する。
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「豊臣家族」今村翔吾、木下昌輝ほか著
2026年の大河ドラマは、豊臣秀吉の弟・秀長が主人公だ。本書では秀吉に負けず劣らず波瀾万丈な人生を送った豊臣家ファミリーの生きざまを、6人の作家陣が描いている。
野良仕事や肥やし作りで家族を支えていた小一郎は、13歳になると地元の名家の娘・初の中間(奉公人)となる。ふたりは幼馴染みで、口には出さないがお互い憎からず思う間柄だった。そんな時、音信不通だった兄の藤吉郎が突然現れ、大名を目指す自分を支えろと言う。初の元を辞して織田信長の幕下に加わり、出世していく小一郎だが、ある時ふと、これは自分の望んだ人生だったかと振り返り……。(谷津矢車著「小一郎と天下と藍と」)
“殺生関白”と言われる乱行を繰り返した秀吉の甥・秀次の人物像を掘り下げる「一の人、自裁剣」(宮本昌孝著)、秀吉の糟糠の妻・おねの視点から豊臣家の終焉をつづる「ゆめの又ゆめ」(白石一郎著)など、知られざる豊臣家の姿を描き出す。 (PHP研究所 957円)
「Jミステリー2025 FALL」誉田哲也、葉真中顕ほか著
「Jミステリー2025 FALL」誉田哲也、葉真中顕ほか著
6編からなるミステリーアンソロジー。
誉田哲也の「それはない」は、「ストロベリーナイト」に始まる姫川玲子シリーズの最新話である。捜査第1課殺人犯捜査係に所属する魚住久江に、主任の姫川玲子から呼び出しがかかる。国立市の富士見台で立てこもり事件が発生したが、マル被(被疑者)が女性らしいのだ。
女性警察官が少ない上、特殊犯事件に対処できる捜査員は極めて数が限られてくる。姫川と共に立てこもり現場に向かう魚住。しかし、23歳の息子が家の中で見知らぬ女に包丁を突き付けられているという母親からの通報以外、マル被の身元も分からない不可解な事件だった。
映像化作品の多い葉真中顕の「21グラム」は、幽霊の見える女子大生が主人公。友人が隣室で殺害され、幽霊となって現れたため警察に通報するのだが、逆に疑いをかけられて取り調べを受けてしまう。
豪華な作家陣による全編新作書き下ろしの一冊だ。 (光文社 1540円)
「ずっしり、あんこ」池波正太郎、平松洋子ほか著
「ずっしり、あんこ」池波正太郎、平松洋子ほか著
あんこを愛してやまない39人によるエッセーアンソロジー。
池波正太郎が役者と芝居の相談をする場には、酒か甘味があったという。だいたいは杯を重ねながら話を詰めていくのだが、酒のダメな役者もいて、そんな時は汁粉をやりながら語り明かしたそうだ。
酒も甘味もイケる池波だったが、若い頃は女の客で充満している汁粉屋などに入るのはみっともない気がして、身を縮めて食べては脱兎のごとく逃げ出していたという。しかし、60歳も近くなれば周囲の目など構ったものではなく、堂々と汁粉を楽しめるようになったとつづる。
手塚治虫もこっそりあんこを楽しんでいた派。チョコレートも乱食していたが、これは眠気覚まし用。好物は芸術的に美しい和菓子だった。しかし、飲み会の帰りに和菓子屋に寄ろうとするとみんなが冷やかすので、「なあに、家内と年寄り用の土産にね」などとごまかして買っていたとか。
読後は間違いなくあんこが食べたくなる。 (河出書房新社 935円)
「旅する小説」宮内悠介、藤井太洋ほか著
「旅する小説」宮内悠介、藤井太洋ほか著
小学校からの僕のあだ名は「韓国さん」。長崎県対馬で父のいない子として生まれたが、母が韓国人の経営する民宿に勤めていたのでそう呼ばれていた。26歳の頃、がんで入院した母から父のものだという住所を渡された。その場所は、釜山。父と母が離れ離れになった理由を聞くため、僕は父の元へ向かった。(宮内悠介著「国境の子」)
ずっと昔、天体の衝突により地球の自転が停止。太陽が当たり続ける場所は灼熱の地獄となり、光の届かない場所は酷寒の暗闇となった。そこで人類は、地球をぐるりと一周するレーンをつくり、船で“昼と夜の境目”を移動し続けながら生きる道を選んでいた。(小川哲著「ちょっとした奇跡」)
20年前の家族旅行を私が強く記憶しているのは、家族でいられた最後の夏だったから。そして12歳の私が、あの放火事件を起こしたからだった。(森昌麿著「グレーテルの帰還」)
あらゆる境界線を飛び越えることをテーマとした、6編の物語。 (講談社 990円)



















