もはや『M-1』は芸人だけのものじゃない? 万博、地方創生…吉本が目指す“次のフェーズ”
国民的行事となった『M-1グランプリ』
6月25日、漫才日本一決定戦『M-1グランプリ2025』(テレビ朝日系)の開催会見が東京・渋谷よしもと漫才劇場で開かれ、同時に予選エントリーも開始されました。
出場資格は結成15年以内、プロ・アマ、所属事務所の有無は問わず、審査基準は「とにかくおもしろい漫才」と銘打った年末の風物詩『M-1グランプリ』。話題性で言えば、NHK紅白歌合戦に並ぶと言っても過言ではないでしょう。
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アマチュア参加者の増加は「次のフェーズ」への移行か
2024年で開催20回を超えた『M-1グランプリ』は、出場組数も1万を超え、まさに国民的行事となっています。大会で爪痕を残したコンビは翌年メディアにひっぱりだことなり、大活躍するのは既定のルート。
決勝出場ともなれば、地元が横断幕を掲示したり、パブリックビューイングが開催されるなど、故郷あげての大盛り上がりです。登場VTRでは出身地が紹介され、まるで夏の甲子園や正月の箱根駅伝のような盛り上がりとなっています。
しかし、実のところ1万組の参加者のなかで、多くを占めるのがアマチュアです。予選は5大都市のみならず沼津、広島、そして今年から加わる愛媛など、全国10か所以上。素人でも参加のハードルが低いため、1回戦は参加者のほとんどが初舞台だということがザラにあります。
プロの漫才師の中には「1回戦のアマチュア参加者がうっとおしい」「軽々しく参加してお笑いを舐めないでほしい」という声や、お笑いファンの「1回戦は地獄」などという感想もあります。
ただ、アマチュア参加者の増加こそ、次のフェーズに移行している表れであり、その存在こそが『M-1』を主催するよしもと(吉本興業)が期待するM-1の主役だと筆者は考えます。
ザブングル加藤は市長とコンビ結成。運営側の思惑とは
『M-1』では1回戦の各日にその日一番活躍したアマチュアに送られる「ナイスアマチュア賞」や、活躍したキッズ漫才師に贈られる「ナイスキッズ賞」などという賞が用意されています。昨年までは、方言や伝統衣装を使用したり、地域の名物などをテーマにした漫才を披露したコンビを表彰する「ジモトスター賞」なるものもありました。
これらの動きは、『M-1』運営からの「アマチュアもどんどん参加してほしい」というメッセージでしょう。漫才、そしてお笑いのすそ野を広げたいというよしもとの思惑が手に取るようにわかります。
その流れに乗るように、先日『M-1グランプリ2007』ファイナリストであるザブングル(2021年解散)の加藤さんが出身地である三重県四日市市の市長と組んでM-1に挑戦することが発表され、ピン芸人であるやす子さんも、先日イベントに登壇した際に熊谷市の市長からコンビ提案をされていました。
かつてはアマチュアから変ホ長調が決勝に、当時小学生だった、まえだまえだが準決勝に進んだこともありました。それもあって、アマチュアやキッズの参加者も増えてゆき、その後ナイスアマチュア賞からプロの芸人になったコンビが続々と誕生するようになりました。
『M-1』グランプリは初代審査委員長・島田紳助氏の言葉に端を発して「力のない芸人を辞めさすため」「埋もれているスターの発掘」という狙いがあると言われていました。
しかし、『M-1』の創立に携わった元・吉本興業ホールディングス取締役・谷 良一さんによると、そもそもの立ち上げのきっかけは上司からの 「漫才プロジェクトを作って低迷している漫才を盛り上げろ」というものだったと言います。
漫才を「見るもの」から「やるもの」へ
『M-1』の存在が国民的行事になり、“漫才”という世間に演芸が浸透した現在。M-1グランプリファイナリストたちが全国20か所超を行脚する『M-1』ツアーも大盛況で終わりました。つまり、今がまさに立ち上げのきっかけともなった「漫才をさらに盛り上げる」ための重要なタイミング。
『M-1』でお笑いのすそ野を広げ、野球やサッカーのように「見るもの」から「誰もが自らもやるもの」へと移行する段階に仕掛けているのです。
学生芸人が隆盛を究めているのも、その仕掛けの結実に繋がる動きなのではないでしょうか。早稲田大学のお笑いサークル『LUDO』の入会希望者も500人を超えているのだそうです。(※6/28放映abema『しくじり先生 俺みたいになるな』より)
万博の「よしもとパビリオン」メインは展示の先
『M-1』を主宰する吉本興業は、大阪・関西万博にもパビリオンを出展しています。「展示内容が意味不明」「予約するほどのものではない」「万博を舐めている」などと賛否両論はありますが、メインは展示の先にある野外ステージです。
そこではギャロップや藤崎マーケットなどプロ漫才師が舞台に立ち、一般参加のカラオケ盆踊りなど様々なイベントが繰り広げられていました。イベント以上に穴場の休憩所としても人気で、斜めの芝生に腰掛けながら軽い気持ちでテレビで活躍する芸人を間近で見られるというお得なスポット になっています。
吉本新喜劇のような雰囲気。目指すは一億総漫才師化?
以前、関西地方では土曜のお昼はいつも吉本新喜劇が流れていたといいます。万博のよしもとパビリオンの周辺には、そんなかつての関西の空気感を思わせるような風景がありました。
お笑い好きもそうでなくても、老若男女、同じ方向に視線を向けてやいのやいの言いながら気軽に笑っている。
時には自らステージにも立ち、笑ったり笑わせたりもする。――好みが多様化され、娯楽の傾向が細分化されてきた今だからこその、めずらしい光景でした。
『M-1』が隆盛を極めたいま、よしもとが仕掛けているのは、お笑いをやるのも見るのも日常となったつまり「一億総漫才師化」と呼べるような、そんな世界なのかもしれません。
(小政りょう/ライター)