郷ひろみは日大桜丘高校野球部でプロを目指すも堀越高校へ転校、ジャニー喜多川氏の手製弁当が…
郷ひろみ(歌手)
「今なお、まぎれもないスターだが、あの騒動がなければ、もっと大きな存在になっていた」
民放で歌番組を担当していた元ディレクターがこう語るのは今月18日に70歳の誕生日を迎えた郷ひろみについて。騒動とは旧ジャニーズ事務所からの独立である。1975年4月、現在も所属するバーニングプロダクションに移籍した。70年代からジャニーズを取材してきたベテラン記者によると「ジャニー喜多川社長の寵愛が過剰になり、郷が耐えられなくなった」のが原因だという。
「当時はまだジャニーズ事務所の規模は小さく、テレビ界への影響は限定的だった。その後、事務所が巨大化していくにつれ、ジャニーズ所属のタレントが出演している時に郷を使いづらくなっていった。それで彼はずいぶん損をしているんです」(元ディレクター)
福岡県生まれの郷が東京に出てきたのは4歳の時。国鉄(現JR)職員の父が転勤したからだ。一家は品川区の国鉄の社宅で暮らし始めた。小学校と中学は地元の公立に通った。芸能界入りのきっかけは日大桜丘高校への入学が決まったばかりの時だった。知り合いが勝手に映画「潮騒」(71年9月公開)のオーディションに応募。郷は選ばれなかったが、会場に来ていたジャニー氏からスカウトされたのである。


















