【総論 ビートルズとはいったい何だったのか】⑤最終回「なんかわらんけど、めっちゃいい」哀しい魅力は計り知れない
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この連載「ゼロからぜんぶ聴くビートルズ」は、本日をもって最終回。少しでも読んでくださった、すべての方々に感謝します。
今回含め計164回、解散前の全曲について、あーだこーだ、小理屈屁理屈も使いながら、その魅力に迫ってきたつもりでした。
また、その魅力を「若い4人のロック魂が、若者のエネルギーを揺り動かしたのだ」的な抽象論・精神論に頼らず、書き切ったつもりです(頼ったら、もっとスムーズに書けたはず)。
でもまだ書き残していることが、ある。
↓………ここから続き………
1981年、中3の頃、ガムのCMで流れた『プリーズ・プリーズ・ミー』(63年、ただしカバー)を聴き、レコード屋でシングル盤を買ったら、B面の『アスク・ミー・ホワイ』の方に惹かれたのですが、その理由が、いまだに分からないのです。
評論家らしからぬ言い方をすれば「なんかわからんけど、めっちゃいい」。
まず音がモノラルで、ひとかたまりとなって聴こえてくる。イントロがコントのオチみたいな音列。歌い出しは変なコードから始まる(キーがEにおける「G#m7」)。3人がとにかく見事にハモっている。エンディングもまた、その変なコード。
そして、おそらくこれがいちばん効いたように思うのですが、当時聴いていた、他の邦楽・洋楽に比べて、曲全体が、不思議な哀しさを漂わせていた。「悲しさ」じゃなくて「哀しさ」。メランコリックじゃなくセンチメンタルというか。その哀しさが決定打となって、私はビートルズのとりこになったのでした。
書き残したと思ってしまうのは、あの「なんかわからんけど、めっちゃいい」『アスク・ミー・ホワイ』の魅力のようなもの。
先に発表した本連載の何でもベスト3では『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』(67年)を「総合」部門1位に挙げましたが、衝撃度=「なんかわからんけど、めっちゃいい」度で言うと、45年前の『アスク・ミー・ホワイ』に軍配が上がります。
いかに解像度を上げて、音楽そのものとして割り切って捉えても、まだまだ見えない何かがある。それは何かとたずねてごらん(アスク・ミー・ホワイ)と彼らは歌うけれど、決して答えは分かりません──。
最後に言いたかったのは、彼らの作品には、そんな語り尽くせない魅力が、まだまだあるということです。そして、だからこそビートルズを聴き続けるのです。心よりありがとうございました。 (おわり)
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