「宇多次のように、むしろ家族からいかに人間関係を広げていくかが人生なのかもしれません」──「かぜゆら」西條奈加氏
「かぜゆら」西條奈加著
主人公は慕っていた師匠夫婦を亡くし、宙吹きの大道芸で食いつないでいる若き風鈴職人・宇多次。師匠の熟達した技を習得しきれないまま一人になってしまった宇多次は身の振り方に迷う中、硝子師の国平の下で働かないかと誘われるも、決心がつかない。断るつもりで国平を訪ねた宇多次は、国平の型破りで自由な在りように惹かれて、国平の下で働くことを決意する……。
「好きだった職人ものを書こうと思ったのが執筆のきっかけです。江戸後期にひな祭りの白酒を担ぎ売りする人が、ガラスの徳利に白酒を入れて売っていたことを知り、そこからガラスを扱う職人が思い浮かびました。おそらく江戸中期まではガラスは大名やお金持ちのものでした。ならば庶民にもガラス製品が入ってきた江戸後期の職人の話を書きたいと思ったのです」
物語には、親子の事情を抱えた人物が複数登場する。宇多次は、15歳で親元から出されたが仕事が続かず無宿者になっていたところを師匠に拾われた過去があった。そのため知り合った小丸という少年が奉公先でいじめられていることを知ると、反射的に自分が引き取ると申し出てしまう。そんな2人の前に、6年前に出奔した師匠の娘・お勢が登場。第1話で波乱の展開を予感させる。
本書は、ガラス職人が成長を遂げるお仕事小説でありつつも、心に傷を抱えた人が疑似家族のような絆を育み、再生していく姿を描いた歴史人情小説にもなっている。
「江戸時代は養子や里子も多かったですし、大家さんや師匠が親代わりになることもよくありました。家族は核として大事ですが、家族だけだと人間関係として狭く、親子であっても必ずしも相性がいいとは限らない。世の中に出て自立しようとする宇多次のように、むしろ家族からいかに人間関係を広げていくかが人生なのかもしれません。家の中だけですべて片づけようとするよりも、外の力を借りた方が解決できることがあるのではないでしょうか」
執筆にあたって、著者は江戸時代と同じ技法で「江戸風鈴」を製作している会社や、ガラス工芸品の収集と研究に詳しいサントリー美術館の学芸員にも緻密に取材。その工程や難しさなどを、物語に反映させている。
風鈴職人と心に傷を抱えた人たちの再生と人情の物語
表題「かぜゆら」も、そんなガラスでできた風鈴が風に揺られて、それぞれの音を鳴らす風景を連想させる。職人の手作りだからこそ、ひとつひとつ異なる姿とその音色は、不安定な時代に揺れながら懸命に生きようとする人間のようにも思えてくる。
宇多次の課題は、今まで通りの仕事がしにくくなっている今の時代の課題にも似ており、時代ものとはいえ主人公の心情は現代の私たちに近いものがありそうだ。
「人生がずっと盤石だという人はなかなかいなくて、調子が悪い時は必ず誰にでもある。家族や他人に頼れなかった宇多次も、自分を慕ってくれた小丸や師匠が関わってくれたことで世界が広がり、少しずつ立ち直っていきます。仕事に行き詰まりつつも、自分の足場を築こうとする主人公なので、きっと共感していただける部分があるはず。ぜひ物語の世界を楽しんでいただけたら」
(実業之日本社 1760円)
▽西條奈加(さいじょう・なか)1964年、北海道生まれ。2005年「金春屋ゴメス」で第17回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。12年に「涅槃の雪」で第18回中山義秀文学賞を、15年に「まるまるの毬」で第36回吉川英治文学新人賞を、21年に「心淋し川」で第164回直木賞を受賞。「姥玉みっつ」「バタン島漂流記」など著書多数。



















