【総論 ビートルズとはいったい何だったのか】④時代性「これこそ私たちだ」と教えてくれた自由奔放な時代の寵児
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総論の4つ目は「時代性」。なぜ4人が世界的な「時代の寵児」になり得たのかを、あらためて考えてみたい。
まずは大前提として、ここまで見てきたような音楽性の魅力がある。ローリング・ストーンズより新しくって、でもザ・フーやキンクスより分かりやすくって、世界中のベビーブーマーにとって「これこそ私たちの音楽」と信じられる作品を生み出せたことがあると思う。
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また、同時期の楽器や録音技術の発展もあり、その音楽性が倍々ゲームで発展し、若者を飽きさせなかったこともあろう。
さらには長髪や先鋭的なファッション、それらを拡散するテレビジョンの普及も寄与したはずだ。
ただ、この土壇場で、私としては珍しく精神論的な話をするが、彼らの持っていた精神性、自由奔放なメンタリティーが、彼らを「時代の寵児」たらしめたあれこれの根幹にあったのではないか。
それは何も『平和を我等に』(69年)などメッセージ性の強い曲を作った後期のジョンに限った話ではないのだ。
本連載の『ビートルズ・フォー・セール』(64年)の項で、公民権運動を支持していたビートルズが、新聞に「黒人がどの席でも自由に座れるようにならないかぎり、僕らは出演しない」という声明を出した話を書いた。そもそもがそういう人たちだったのだ。
私はここで、彼らが政治的だったという話をしたいわけではない。
ただ、アメリカから遠く離れたイギリスの港町で、黒人音楽を聴き続け、愛し続け、あげくの果て自分たちでも演ってみようと思い立った4人にとって、黒人の隔離に反対することなんて、息を吸って吐くほど、至極当たり前の行いだったはずだ。
そして、そんな自由で奔放なメンタリティーがベースにあったからこそ、ああいう音楽が生み出せたし、ああいう行動が出来たし、だからこそああいう時代性を持ち得たのだと私は考えるのである。
吉田拓郎に『ビートルズが教えてくれた』(73年)という曲がある。その歌詞にはこうある(作詞:岡本おさみ)。
「それも自由だとビートルズは教えてくれた」
遅れてきた世代の私にも、これは感覚的にめっちゃ分かる。そして今、ここでこんなことも書くのも自由だ、とビートルズが教えてくれたのだ。 (この項つづく)
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