田﨑史郎さん<3>貴重な経験になった2年9カ月の「角栄番」

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 政治部に入った1979年、衆院選の惨敗から自民党内で「四十日抗争」が起きた。当時は大平正芳総裁に反発していた三木武夫元首相が率いる三木派の担当をし、40日間、朝回り・夜回りを続けたという。

「抗争が終わるとき三木さんが記者に『もうこのへんでいいだろう』と話し、それとなく伝えてきた。それを現場で取材しデスクに報告して記事にして、ようやく仕事が一段落しました。派閥担当はメインとサブの2人態勢で、私は三木派のサブでした。当時、政治部の仕事といえば自民党の派閥を取材すること。政策なんてほとんど取材してませんでした」

 三木派を離れたあとは、外務省の担当をして、82(昭和57)年1月から田中派を担当。田中角栄を2年9カ月追った。これが貴重な経験になった。

「今の政治家や政治記者のほとんどは田中さんと話したことがない。政治家では小沢一郎さんや引退した渡部恒三さんぐらい。ジャーナリストは岩見隆夫さん、三宅久之さんとか、みなさん亡くなられてますからね。担当していたとき、僕は30代なんです。田中さんは60歳を越えていましたが、若手記者の質問にも、全身でぶつかってきた。対峙していると背中に冷たい汗が流れる感覚があり、緊張しましたし、圧迫感がありました。人間としての迫力が違いましたから。『この人はスゴイな』と」

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