今年は早くも22社で希望退職 会社の強要かわす交渉術とは
株価を押し上げるような景気のよさは、どこにあるのか。新型コロナの感染拡大で売り上げを落とす企業が相次ぐ中、大企業でも希望退職の募集が急増している。万が一、“肩叩き”のピンチに直面したら、どう身を守ればいいのか――。
■「コロナの影響」は建前、では本音は?
電気機器の上場企業に勤める50代の男性は昨秋、上司との面談で希望退職制度について説明を受けた。
新型コロナによる業績の急落で、事業の立て直し、それに伴うリストラに加え、人員の再配置を計画しているとの内容だったが、男性は会社に残ることを希望。新規事業ややりたい業務などを伝えると、「自己分析ができていない」と嫌みを言われたという。
上司には顔を合わせるたびに会議室に呼ばれ、何度となく希望退職の説明をされた。そのたびに応じる意思はないと言ったが、「会社に残っても給料は下がる。新しいところで頑張った方がいいぞ」と狙い撃ちで“肩叩き”されているように感じたという。
東京商工リサーチによると、昨年1年間に希望退職や早期退職を募集した上場企業は93社。その前の年に比べて2・6倍だ。募集人数は、判明している80社で1万8635人で、2012年の1万7705人を上回る。残り13社の人数次第では、リーマン・ショック以降で最多の2009年(2万2950人)に近づくだろう。
業種別では、アパレル・繊維製品が最多の18社で、自動車関連と電気機器が各11社、外食と小売りが各7社、サービスが6社で続く。
今年募集した企業は21日時点で22社。対前年比2倍で、募集人数は昨年より1270人増の3490人だ。上場企業のリストラも急ピッチで進んでいる。
業績ダウンを口実に給料ダウンやリストラを迫るのは、経営者の常套手段だが、働き方改革総研代表の新田龍氏は「上場企業がリストラを急ぐのは、必ずしもコロナ苦境が背景にあるとは限りません」という。
「大企業の賃金体系は、バブル大量入社組の50代を中心とする中高年社員の賃金が最も高くなる傾向にあります。そのまま70歳定年に移行すると、固定費負担が大幅に膨らむリスクが高い。企業としてはそうなる前に、このボリュームゾーンにメスを入れたいので、『コロナ禍に紛れて、退職金の割り増し分を上乗せしてでも、今のうちにリストラを進めてしまおう』というのが本音。『コロナ禍の影響』というのは、建前であるケースが少なくないのです」
■キャリア形成など具体的なことは言わない
面談ではキッパリ否定し、引き延ばしを阻止
なるほど、昨年に希望退職を募った93社のうち直近の決算が赤字だったのは51社。約55%で、半数近くは赤字を免れている。そこに着目すると、「売り上げの急激な落ち込みがあっても黒字のうちに“止血”を」と考える企業が相次ぐのも納得だろう。
「ボリュームゾーンの50歳前後には、役職につけないまま組織に滞留する“ヒラ中高年”が珍しくありません。そういう人は、モチベーションが低い。そこを切り崩し、グローバル競争に勝ち残るため、ITシステムやデジタルに強い人材を補強したい。黒字企業は、50歳前後のリストラで浮いた人件費をそういう人材の確保や設備投資に振り向けたいのです」(新田氏)
冒頭の50代男性も、そんな企業心理で狙い撃ちされた恐れがある。もちろん、会社側の打診は拒否できる。会社が従業員に退職を強要するのは違法だ。では、割増退職金や再就職サポートなどを“エサ”に法律違反すれすれの退職強要を迫る会社から働き口を守るには? 新田氏に聞いた。
「暴力的な言葉や机を叩くなど圧迫感のある言葉遣いや態度は違法です。退職に応じなければ、解雇や懲戒解雇するような言い回しもアウト。しかし、会社もロコツな言動を避け、『自己分析ができていない』『給料が下がる』などと微妙な線を突いて揺さぶりをかけながら、希望退職の面談を“長期戦”に持ち込もうとします。そこで面談時のやりとりが、言った言わないの水掛け論になることを防ぐため、面談時にはICレコーダーやスマホを出して『録音していいですか』と一言告げるのが大事です。それだけで会社側の対応が是正されることもあります」
会社は、面談を重ねるうちにちょこっと割増退職金の割増率を変えたり、退職金算定のベースとなる年収を難癖をつけて下げたりして希望退職の条件を変えることがあるという。その条件を証拠として残すためにも、録音は重要だろう。
面談の延長をもくろむ会社の戦術に乗ることもないという。
「事前に設定した目標と会社の評価が合致しているかどうかの面談は、通常30分から1時間程度で1回で済みます。1回で折り合いがつかなくてもせいぜい2回まで。希望退職を巡る面談の時間や頻度、期間が不必要に長いと、退職強要に該当する可能性が高まります」
数時間、10回以上、数カ月に及ぶ面談は、違法性が高い。面談の日時なども録音やメモしておくのが無難だ。
会社が希望退職を募集するとき、人数の目安を設定する。その数に達すると、面談は終了するので、残留を希望する人はそれまで拒否し続けること。その間の具体的なやりとりはというと――。
(A)応募について
上司「希望退職に応募しますか」
社員「退職を考えていないので、希望しません」
(B)キャリア形成について
上司「長期的なキャリア目標は何ですか」
社員「今後もこの会社に残り、自分のできる仕事を通して貢献することです」
(C)優遇措置について
上司「今なら割増退職金や再就職支援も受けられます」
社員「退職する気はないので不要です」
(D)面談の長期化について
上司「引き続き面談をしていきましょう」
社員「退職する気はないので、面談は必要ありません」
「会社への残留が希望なら、とにかく面談では否定できる質問にはキッパリと否定しましょう。キャリア形成については、自分の要望を具体的に言わないこと。否定が明確でなかったり、自分の要求をポロッと出したりすると、逆に否定され、会社の思うツボです」
会社は、長期戦に持ち込んで対象となる社員の心を折り、判断力を失わせた状態で決断を迫る。微妙な質問には、その場で結論を出さず、家族、友人、場合によっては専門家に相談することだ。
「それでも会社が退職を強要してきたら、社外の労働組合に加入して団体交渉する手もある。その先は労働審判や裁判などになります。そうなると証拠がすべてなので、録音記録が重要です」
冒頭の男性も、途中から面談でICレコーダーを使用。その録音記録をもとに社外の労働組合に加入し、団体交渉した結果、退職強要まがいの面談はなくなり、会社に残留できたという。