「霞町三○一ノ一」渡辺ひと美さんの巻<1>
本枯中華そば 魚雷(東京・小石川)
こちらのスープを初めて飲んだときは、衝撃を受けました。カツオ節の一番出汁の香りが、とても豊かで。日本人ならだれでも親しみのある、あの香り。自分の店でも、職人さんが出汁を取っていると、お腹がすいてきます。あの香りがこれほど深く、豊かに再現されているラーメン店は、ほかにありません。
あっさりとしているのに、奥行きがある。透き通っていてきれいなのに、複雑味もある。考えに考え抜いて、とても練られています。
カツオとサバの厚削りやイリコ、昆布などで取った魚介系スープに、鶏ガラと豚足、香味野菜などを煮出した動物系スープを合わせ、仕上げにカツオ節の出汁をプラス。その追いガツオに使っているのが、何とコーヒーを抽出するサイホンなんです。
追いガツオに用いるのは、鹿児島県枕崎で2年熟成された本枯節と、高級カツオ節である本節を砕いた節粉。これを注文を受けるたびに、1杯分をサイホンで抽出しています。最高級のカツオ節はフラスコに密閉されているので、器に注ぐまで香りもウマ味も飛ぶことがありません。これが、豊かな香りとウマ味の秘密です。
具は、豚チャーシューや鶏チャーシュー、メンマ、キクラゲ、姫たけなど9種類から3種類を選び、刻みネギと一緒に別皿で提供されます。スープと麺のおいしさをそのまま味わってほしいというオーナーの思いが感じられるでしょう。
麺は、北海道産小麦の「春よ恋」を使用。全粒粉の細麺、つけ麺用の太麺もありますが、私の好みは稲庭中華そばです。稲庭うどんの製法を応用していて、干すことで独特のウマ味を引き出しています。私の父が秋田出身で稲庭うどんには、幼いころからなじみがあるせいか、透明感のあるスープには、稲庭中華そばが一番だと思うのです。
日本酒サービス研究会・酒匠研究連合会の顧問をしていて、利き酒師の講義をすることもあります。事務所が魚雷ラーメンさんのそばなので、講義の日はこちらの稲庭中華そばをいただくのが楽しみなんです。
サイホンで出汁を取る光景は、芸術的ですらあります。なじみの喫茶店で、それをラーメンスープに応用することを思いついたオーナーの発想力は天才的。皆さんもぜひ召し上がってみてください。
(取材協力・キイストン)
■本枯中華そば 魚雷
東京都文京区小石川1-8-6 アルシオン文京小石川102
℡03・5842・9833
▽霞町三〇一ノ一
東京・西麻布のビル3階にある和食店。暗証番号を入力して入るスタイルは隠れ家風だが、渡辺さんはじめスタッフは笑顔を絶やさず落ち着いて食事ができる。旬の食材と銘酒のマリアージュが評判に。
東京都港区西麻布2-12-5
MISTY西麻布3階℡03・6805・3227
▽渡辺ひと美(わたなべ・ひとみ)
フリーアナウンサー。食べ歩きや蔵元巡りを重ねた経験を生かし、利き酒師としても活躍。飲食店のプロデュースやコンサルタントも行い、自ら手掛けた和食店「霞町三〇一ノ一」は今年15周年を迎えた。