安倍元首相はファクトチェックの対象としては極めて重要な政治家だった
世界で報じられた安倍晋三元首相の死。米バイデン大統領も哀悼の意を示したが、私の留学時代の米国の恩師からもメールが来たのには驚いた。太平洋の向こうでも大々的に報じられたということだ。
まず元首相の死を悼みたい。一方で、明確にしておかなければいけない点は、容疑者の供述からすると、これはテロではない。また、言論に対する暴力という外形的な事実はあるものの、それを狙ったものではない。それが逆に事件の怖さでもあるが、言論に対する挑戦という見立てで昭和初期の政治家暗殺と並べて報じるメディアには違和感を覚える。もちろん、供述通りかどうかは今後の捜査を待つしかないが、少なくとも現時点では、事件をテロと呼ぶことには抑制的である必要がある。
安倍氏はファクトチェックの対象としては、極めて重要な政治家だった。それは、政治信条うんぬんとは関係ない。必ずしも事実に対して誠実だった政治家ではないからだ。以前も小欄で書いた通り、私の最初のファクトチェックは2017年の解散総選挙時に安倍氏が語った「(消費税)2%の引き上げで5兆円強の税収があります」だった。調べてみたら、前の年の税収を税率で割って1%当たりの税収を計算して、それを2乗にしただけのことだった。政府は「推計値」と抗弁したが、「推計」にもあたらない値だった。
普天間基地の辺野古移設についても、「辺野古移設が唯一の解決策」という政府の方針をあたかも事実かのように強調したのは安倍氏だった。それは菅氏、そして今の岸田首相に引き継がれた。前回の総選挙時にそれは「事実」ではないと指摘すると、岸田首相は「辺野古移設が唯一の解決策という方針」と言い換えた。方針が正しい。
CNNの報道で「安倍氏は長期政権を確立する中で多くのことを成し遂げた」という説明があった。インド太平洋地域のパートナーシップという、後にクアッドにつながる構想は安倍氏が提案したものだという。
■対米自立と対米追従
安倍氏は外交で成果を出すには長期政権でなければならないと主張していたとされる。一方で、本当に外交的な成果があったかどうかには疑問もある。長期政権で外交を動かすとの狙いは、いつしか狙いと結果が逆になっていたのではないか。外交の場で華々しい姿を見せることが選挙で有利な状況を生み出すものとなったとの印象は強い。
拉致問題は政権の最優先課題だとされた。もちろん、安倍氏が拉致問題に特別な思いで取り組んできたことは間違いない。しかし、解決を目指すなら外交を動かす必要があったが、(北)朝鮮に対して圧力一辺倒だった。訪朝時に会った(北)朝鮮の政府関係者は、「安倍さんは本気ではない」とみていた。
疑問の多い政治家だった。例えば安倍氏は本音では親米政治家ではないと私はみている。尊敬する祖父、岸信介氏が目指したのは対米自立だったからだ。対米追従とも揶揄された安倍氏の本音はどこにあったのか。そうした点も含めて語ってほしい点は多々あった。今は、ご冥福を祈るしかない。
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