吉村知事がブチあげた「日の丸ワクチン」 大阪の創薬ベンチャーは株価高騰で巨額資金調達

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 創薬ベンチャー「アンジェス」(大阪府茨木市、東証マザーズ上場)が、大阪大学と共同開発していた新型コロナ用「DNAワクチン」。「大阪ワクチン」「日の丸ワクチン」として、吉村洋文・大阪府知事が昨年(2020年)内の実用化に言及するなど前のめりの姿勢を見せていたが、治験では有効性が認められず、結局今年11月に最終段階の治験を断念した。

 この結果を受け、アンジェスを持ち上げていた吉村知事や、すぐにでもワクチンが実用化するような思わせぶりな発言を各種メディアで繰り返していた同社創業者で大株主の森下竜一・大阪大学大学院寄付講座教授に批判の声が上がっている。

 12月9日発売の『週刊新潮』も<『吉村知事』一押し『日の丸ワクチン』頓挫で株価暴落への言い訳」>と題して、吉村知事の批判を掲載。一方、森下氏は大阪府や大阪市と関係が深く、府市の特別顧問や2025年開催予定の大阪関西万博では大阪府市パビリオンの総合プロデューサーも務める人物だ。

 それでは、アンジェスの株は一体どのような経緯をたどったのか。資金調達や株取得の手法は少々複雑な話になるが、しばしお付き合い願えれば幸いである。

■ワクチン競合開発リリース後に株価は5倍に

 アンジェスの株価は、昨年3月に新型コロナ「DNAワクチン」共同開発のリリース後、高騰している。公表前の2月末時点のアンジェス株は300円台に落ち込んでいた。しかし3月の共同開発リリースや、森下氏のテレビ出演、吉村知事がDNAワクチンの年内実用化を会見などで発言した結果、6月末には株価は2400円台と、5倍以上にまで高騰した。

 もし、公表前にアンジェス株を買い、高値圏で売り抜けていれば、数カ月間という短い期間で多額の利益を得られたことだろう。だが、アンジェスの19年12月末時点と、株価高騰後の20年12月末時点の大株主の状況を見ると、第3位の塩野義製薬(0.89%)、第5位の森下氏(0.51%)の保有株数は増減していない。株取引ということに限って言えば、森下氏は株価高騰の恩恵を受けていないように見える。それではなぜ、株価高騰を煽るような言動を繰り返したのか。

MSワラントで資金調達

 実は、アンジェスは「DNAワクチン」を巡る株価高騰で100億円を超えるカネを手にしている。万年赤字のアンジェスは、銀行融資などは受けられず、増資などで資金繰りをしていた。アンジェスが株式市場関係者から「創薬ではなく株券印刷が本業」と揶揄されるのはこのためだ。

 通常の増資では、発行会社はあらかじめ決められた単価で新株を引受先に発行し、資金調達する。例えば、単価100円の新株を100万株発行すると、1億円を調達することができる。引受先は発行会社の株価が200円に上昇すれば儲けることができる。

 ところが、アンジェスのように万年赤字を垂れ流している会社は、今後株価が上昇するというストーリーを描きにくい。そこでアンジェスは、引受先が損をしないように、工夫を凝らした資金調達を実施していた。それが、行使価額修正条項付新株予約権、いわゆる「MSワラント」と呼ばれるものだ。

 MSワラントは一定の行使価格で新株を取得出来る権利である新株予約権の一種である。通常の新株発行では、引受先は、発行会社の株価がどうであろうと、新株発行を受けると代金を支払わなければならない。ところが、新株予約権の場合、一定の掛け金を支払う代わりに、決められた時期に新株の代金支払いをしなくて済む。たとえば行使価格100円の新株予約権を持っている場合、株価が80円だったら、新株予約権を行使すると100円マイナス80円=20円の損をすることになる。なので、株価が上がるまで待って、120円になったら行使できるのが新株予約権だ。

 MSワラントはさらに、この新株予約権の行使価格が、株価によって修正されるという特典が付いている。たとえば、前日終値の90%に設定されるMSワラントの場合、終値が100円だった場合、行使価格がその90%の90円に修正されるのだ。ほぼ確実に利ザヤを取れるのがMSワラントの良さである。

■株価高騰によってフィリップ証券がMSワラント行使

 アンジェスは、昨年3月にDNAワクチンの共同開発を発表する直前、シンガポールに本拠内を置く金融グループ傘下のフィリップ証券(本社・東京)に、大量のMSワラントを発行していた。このMSワラントは、前日終値の92%に行使価格が修正されるというもの。フィリップ証券がMSワラントを全て行使すれば、93億円が調達できる予定だった。

 だが、MSワラントには行使価格の「下限」が設けられている。アンジェスのMSワラントの場合、下限は292円だった。2020年2月末に300円台まで下落していたアンジェス株は、フィリップ証券が株を売りさばいていけば、292円の下限行使価格を割る可能性もあった。そうなるとフィリップ証券はMSワラントを行使せず、アンジェスは資金繰りに窮すことになってしまう。

 そのタイミングで株価高騰を引き起こしたのが前述の「DNAワクチン」である。この発表によって株価が高騰する中、フィリップ証券は4月末までにすべてのMSワラントを行使。アンジェスは当初の予定を上回る113億円の資金調達に成功した。フィリップ証券は高騰の最中にアンジェス株の大半を売却している。アンジェスは調達資金を運転資金などにあて、会社は生き長らえることができた。

アンジェス株を買った投資家は大損した可能性

 一方で、発行会社が新株を発行すると、元々発行会社の株式を持っていた投資家は損をすることになる。発行会社の発行済株式総数が増えると、往々にして1株あたりの価値と権利は薄まるからだ。さらにMSワラントの場合、割安な価格で新株発行を受けた引受先が株を市場で売りさばくことで、株価の下落を招きやすい。

 アンジェス株は6月の2400円台をピークに下落。年末には1200円台まで落ち、21年12月8日には400円を割るなど、元の価格に戻っている。ワクチン実用化を信じてアンジェス株を買った投資家が大損しているのは想像に難くない。

■コロナ相場を背景に巨額買収

 さらにアンジェスは、DNAワクチン相場で高騰する株価を背景に、海外で巨額買収に踏み切っている。昨年(20年)11月、ゲノム編集技術を持つEmendo(エメンド)という企業の買収を発表。アンジェスは、エメンドの企業価値を約309億円と算定し、既に保有している約40%のエメンド株に加え、残りの約60%を、135億円分のアンジェス株の株式交換と61億円の現金で取得するとした。

 このエメンド、2015年に米国、中国やイスラエルに拠点を置く医療投資会社「OrbiMed」(オービメッド)や、武田薬品工業のベンチャーキャピタルなどの出資により設立された。しかし20年12月期時点で実現した売り上げは無く、毎期3億円の赤字。アンジェスが投資する直前の2019年12月期に債務超過となっている。

 実はアンジェスは、前述のMSワラント行使で得た資金をこのエメンド社に投じていた。20年1月から6月にかけて、54億円をエメンド社に投資しており、議決権ベースで40%を保有していた。54億円の投資で4割の議決権を握れるということは、エメンド社の時価総額は単純計算で135億円ということになる、20年11月の309億円との算定とは大きく乖離している。

 それだけアンジェスは、エメンドに将来性があると見込んでいたと言える。だが、エメンドの既存株主は違う評価をしていたようだ。もしエメンドの将来性を信じているならば、既存株主は、株式交換で割り当てられたアンジェス株の保有を通じて、エメンドの成長と企業価値向上による利益を甘受することができる。ところが、エメンド株を持っていたオービメッドは、株式交換で取得したアンジェス株を即座に市場売却した。

 オービメッドはエメンド社株を合計約36.07%保有しており、今回の買収により、12月15日にアンジェス株を7,200,210株(5.41%)取得。その3日後の12月18日には市場売却に入り、翌年(21年)1月12日には保有割合を5%以下に下げ、21年6月末時点で保有株の大半を売却している。20年12月から1月までの平均売却価格(終値ベース)は1270円で、もしすべてのアンジェス株をこの価格で処分していたら、売却代金の総額は約91億円となる。

 この経緯を見ると、米医療投資会社が債務超過のエメンド社を、高値でアンジェスに売り抜けたと言わざるを得ない。森下氏や吉村知事の思わせぶりな発言の裏側では、「日の丸ワクチン」の蜃気楼にあてられた一般投資家が損をする一方、アンジェスと外資系金融は利益を得るという、なんともひどい図式が展開されたのだった。

(取材・文=半田修平/ライター)

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