渡部恒雄氏「バイデンはポピュリズムの熱狂を地道に冷ましていく」

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渡部恒雄(笹川平和財団 上席研究員)

 共和党のトランプ政権による「分断」の4年が終わりを告げ、民主党のバイデン新政権が誕生した。今月6日に起こった「米議会乱入事件」に象徴される対立や混乱は、決して米国内に限った話ではなく、今世界中でパラダイムシフトが起きつつある。軍事・経済の覇権を狙う中国との「新冷戦」はどんな方向へ向かうのか、ポストトランプの世界で日本はどう振る舞うべきなのか――。激動の世界を読み解くヒントをこの人に聞いた。

*インタビューは【動画】でもご覧いただけます。

 ◇  ◇  ◇

 ――近著「2021年以後の世界秩序」(新潮新書)で、世界では今までの常識が通用しない「パラダイムシフト」が起きていると指摘しています。

 我々はこれまで「米国は世界の民主主義の模範となる指導国」と考えてきました。その前提だと、米国大統領が自分が負けた選挙結果に不満を持ち、支持者に議会乱入をあおるなんてことはあり得ない。そうした今のパラダイムが出来上がったのが第2次大戦以後です。米国が圧倒的に力を持ち、冷戦下の旧ソ連との対立の中で、デモクラシーや人権を尊重して対抗しました。今や米国は軍事力や経済力も圧倒的とは言えず、国内でも極端な貧富の格差への不満を持つ層が増加しています。

 ――「民主主義の守護者」「豊かで強い米国」が幻想になりつつある。

「アメリカを再び偉大にする」という主張で、「強いアメリカは膨らんだフィクション」として、ポンッとつぶしたのが、トランプだったのでしょう。それまでの建前が米国内でも世界でも通用しなくなり、常識が変わりつつあるのでしょう。

■米国人の意識はトランプ政権前には戻らない

 ――バイデン政権には厳しい船出になりそうです。

 米国人の意識はトランプ政権前には戻らないと思う。分断も混乱も続くでしょう。ただ、歴史を振り返ると、このまま米国がまとまれないまま没落していく一方とも思えない。今はまとまるキッカケがないだけ。米国の外敵も、今、テロや紛争を仕掛けて国内をまとまらせるよりも、国内の白人至上主義団体などに暴れさせておけばいいと考えて放置している。外敵に対してまとまるのは比較的簡単ですが、「情報の分断」や「貧富の格差」といった内部の敵が一番厄介。これらの問題にどう取り組むかが、バイデンの課題です。

 ――そうした難題にどうアプローチしていくと思われますか。

 バイデンは、トランプ支持層とも重なるグローバル経済に置き去りにされた人たちを念頭に、貧富の格差の解消という問題意識を持ち、政権の経済チームにも労働経済学者を多用しています。イエレン次期財務長官が典型です。格差解消を重視すると同時に、前FRB議長として市場の信頼も受けており、イデオロギー的に左右に偏りすぎないようなバランスを取っている。国内のイデオロギー対立が先鋭化することは、分断を深めるだけなので、現実的な中道派が力を持つことが重要です。

 ――バランス面でいうと、上院100議席は共和党と民主党で50議席ずつとなり、民主党の副大統領が1議席を握っているので、かろうじて民主党は過半数を取れる状態です。

 これは悪い話ではなく、バイデン政権は共和党の意向抜きに一方的に政策を進めることができないため、共和党への歩み寄りを求められます。民主党から1人でも造反票が出たら法案は通らないので、党内左派から中道派までの意見を聞かなくてはならない。民主党中道派の政策は、共和党中道派とも近いですから。右と左に先鋭化して硬直化した政治を動かすひとつの解決の方向だと思います。簡単な話ではありませんが、両党の中道派で合意の実績を積むことができれば、共和党の右と民主党の左の言うことを聞かなくても済むわけで、分断を癒やすことも可能になる。バイデン政権には米国や世界秩序を以前のように戻す力はありませんが、国内の対立や、ポピュリズムの熱狂を地道な努力で冷ましていくことはできるかもしれない。

中国にはより厳しい対抗的な関わり方になる

 ――米中関係の行方も気になります。

 大きなパラダイムシフトがあったとすれば、まさに米中関係です。米国は1972年のニクソン訪中以来、トランプ政権まで中国に対して関与政策を進めてきました。中国経済を封じ込めず、むしろ経済発展を促すことで中産階級を拡大させ、民主化を促し、経済成長を可能にした国際的ルールを順守する側に立たせる、という期待が前提だった。だが、ここ数年の中国の強権的な行動により、これらの期待は幻想にすぎない、ということを多くの米国民が思い知らされました。この反省はトランプ政権だけでなく、バイデン政権の関係者も共有しています。

 ――対中政策はどう変わっていくのでしょう。

 中国への幻想を改め、より厳しい対抗的な関わり方になる。中国を軍事的に抑止し、経済的にもより公正な競争を求め、中国を一方的に利するような通商や投資を制限していくでしょう。これらは米国だけでなく、同盟国にも協力を求め、例えば、最先端の軍事技術や5Gのような軍民共用の通信技術などの中国への流入を規制して対抗していく。このようなアプローチはバイデン政権でも、その後の政権でも継続するでしょう。

 ――米中対立が先鋭化する?

 中国は米国の内部対立と自信喪失をチャンスだと思っているだろうし、対米対抗策も先鋭化していくと考えられます。とはいえ、米国の軍事優位性はまだまだ差を詰められず、今すぐ中国との立場が逆転するという状況でもない。ある日本人の専門家の言葉によれば、トランプは中国に対して「いきなり殴りかかる」ような政権だった。しかし、バイデン政権は中国の問題点を指摘して問題行動については圧力を継続するが、トランプ政権のような姿勢からは軟化する要素もあると思います。例えば、気候変動問題では協力できる要素があると、バイデン政権関係者は中国にメッセージを送っている。

■軍事バランスと経済ルールを担保する「緩いネットワーク」

 ――米中の新たな火種も懸念されます。

 トランプは自分のコアな支持者に中国との貿易赤字を解消し、職を米国内に取り返すとアピールし、中国との通商ディールだけが対中政策の目標でした。逆に言えば、それ以外のことに関心はなく、習近平国家主席との通商交渉で波風を立てたくなかったから、香港の民主化運動などには首を突っ込みたくないと、ボルトン前大統領補佐官に語ったほどです。トランプにとって香港の民主化運動は重要ではなかったが、バイデンにとっては違います。新政権では、新疆ウイグル自治区の収容所の人権問題や香港での民主化運動への弾圧が、より深刻に捉えられると思います。バイデンはトランプ政権が中国に対して課した関税をすぐに戻さないとしており、これを中国の問題行動を変えていくためのテコにしようと考えているようです。

 ――米中のはざまにいる日本の振る舞いも重要です。

 米国と日本のような同盟国の軍事力が中国とバランスを保ち、中国側が軍事力で、台湾や尖閣を取れると思わせないことが重要です。いわば「出来心」を起こさせないことです。だからといって、敵対的になって中国と緊張感を高めればいいかというと、それはそれで危ない。だから経済や気候変動問題での協力できる分野を組み合わせ、軍事的対立を不必要に先鋭化させないことも重要です。

 ――具体的にはどうしたらいいのでしょう。

 日本としては、一国で米中対立の間に立つ力はないので、インドやオーストラリア、できれば韓国、そしてカナダ、ヨーロッパ諸国など、ミドルパワーとの協力を進め、地域秩序を維持したい国家とのネットワークをつくる。これが日本の「自由で開かれたインド太平洋構想」です。その一環でもある日米豪印のクアッドは、中国封じ込めのためのNATOのような軍事同盟ではない。日本は自由貿易の枠組みには、米中が参加していないCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)や、米国が参加せず中国が加盟するRCEP(地域的な包括的経済連携協定)にも積極的に参加している。軍事バランスと経済ルールを安定的に維持するため、インド太平洋地域の国家が一つの枠組みだけではなく、「緩いネットワーク」を重層的に形成して地域を安定させることが、新しい地域秩序へのアプローチとなるでしょう。かつて米国と中国との戦争を経験し、戦後は中国を含む東アジアに経済援助を通じて平和的な関係構築をしてきた日本こそ、これらの地域秩序形成の「ファシリテーター」になる必要があると思います。

(聞き手=高月太樹/日刊ゲンダイ)

▽わたなべ・つねお 1963年生まれ。88年東北大歯学部卒業。95年米ニュースクール大で政治学修士課程修了後、米CSIS(戦略国際問題研究所)に入所し、2005年まで上級研究員などを歴任。帰国後、三井物産戦略研究所、東京財団を経て現職。「二〇二五年米中逆転」(PHP研究所)など著書多数。

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