「奇子」(全3巻)手塚治虫作

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「奇子」(全3巻)手塚治虫作

 世に奇書という言葉がある。この作品がまさにそうだ。手塚先生がなぜこの名を付けたのかわからないが、ページをめくり巻が進むほど「これしかない」と納得するのである。

 まずは舞台となる天外家の登場人物を整理してみよう。

・天外作右衛門(当主)
・天外ゐば(当主の妻)
・天外市朗(長男)
・天外すえ(市朗の妻)
・天外仁朗(次男)
・天外志子(長女)
・天外伺朗(三男)
・天外奇子(次女)

 戦前まで大地主だったこの家が戦後、GHQによる農地解放によって一農家に没落したところから物語は始まる。そこにGHQの工作員としての仁朗が絡み、志子が共産党員として絡み、国鉄総裁の下山事件まで絡んでくる。

 このプロットの複雑さは「アドルフに告ぐ」に匹敵し、手塚作品のなかでも超のつく難解さである。それによって作品全体に濃い霧のようなものがかかり、読者はまさに霧中に迷うのだ。

 その複雑な物語の中心に変わらぬ軸としてあるのは奇子の怪異としかいいようのない人生である。おそらく奇子のキャラをここまでおとしめなければ、この物語は破綻しているだろう。そういった意味で手塚治虫先生の天才性が、もっとも顕著にあらわれた作品であるともいえる。

 奇子は天外作右衛門とゐばの末娘として育てられているが、じつは作右衛門が長男市朗の嫁すえに手を出して産ませた子であった。しかもそれを市朗は知っていたどころか差し出して抱かせていたのである。より多くの農地を遺産としてもらうためにである。そういったことなどを隠すために天外作右衛門と市朗は奇子を土蔵のなかに隠してしまう。

 この時点ですでに天外家は完全に狂っているが、正義キャラとして描かれていた三男の伺朗までやがて奇子に手を出すのである。その結果、じつに20年もの間、まさに男たちに弄ばれる奇子の人生は台風のなかの小鳥のようにはかなくもろい。

 しかしそんな運命にあっても純粋さを失わない奇子に、読者もやがて引かれ、天外の男たちと同じように犯してしまうのだ。この作品は、手塚治虫が自らの狂気をぶつけ、狂気のキャラたちが暴れ、読者をも狂気の世界に引き込む恐ろしい作品なのである。

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