著者のコラム一覧
増田俊也小説家

1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。

「あぶさん」(全107巻+未収録作品集1巻)水島新司作

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「あぶさん」(全107巻+未収録作品集1巻)水島新司作

 酔いどれスポーツ選手ものの嚆矢として一世を風靡した。連載が終了したのは私たちからするとつい最近だが、若い人の多くは古色蒼然とした伝説のこの漫画を知らないかもしれない。

 水島新司のストーリーもキャラも、現在では厄介な感覚として世から排斥される観念「忖度」を、両手のひらで大切に包むように丁寧に作り込まれている。これこそがこの作品の命であり、しんみり泣けてきたものだ。

 主人公のニックネームあぶさんは景浦安武の下の名前「安武」の音読みであり、強烈な酒あぶさんと掛け合わせてつけられた。

 酒好きで無軌道で不器用なあぶさんが、男っぷりをみせながら一振りの強打で活躍する。この落ちこぼれ選手の活躍ぶりに、世の中の落ちこぼれの読者たちは小さな拍手を送った。

 そもそもがあぶさんは高校球児時代からすでに酒のトラブルで身を持ち崩している。トラブルの舞台は甲子園地方予選大会。155メートルの特大サヨナラ弾を放ってベーラン中、二日酔いでゲロを吐いて母校を試合出場停止処分に追い込んでしまう。さらにその後の喧嘩で退学処分になるというハチャメチャぶりだ。

 その後は実業団を2チーム渡り歩くが、最後はまたしても酒のトラブルで懲戒免職。契約金50万円・年俸100万円の破格値で南海ホークスに入団する。

 私はこの作品と大きな縁があった。2014年、ビッグコミックオリジナルでの41年の長寿連載に幕を下ろしたのに代わるように、同誌で私の原作漫画「七帝柔道記」の連載が始まったのだ。これもまた昭和時代のバンカラ話なのだが、このときに編集部から聞いたのは「あぶさん」は終わるべくして終わったのだということだった。

 かつてはパ・リーグ各球団および選手たちからこの作品は大いに喜ばれ、愛されていた。「パを取り上げてくれてありがとうございます。おかげでリーグの人気が出ます」と。しかしだんだんと世知辛いこまごましたことを言われるようになって、窮屈になったのも連載を終了させた遠因であったようだ。

 ホークス球団はあぶさんに敬意を払い、連載中は彼の背番号「90」を永久欠番のように扱っていた。しかし連載終了後2年たってその禁が破られた。あぶさんはまだ忖度が生きていた時代の最後のプロ野球選手だった。

(小学館 534円~)

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