シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(12)松岡外相人事こそが宣戦布告通知遅れの間接的原因
野村吉三郎海軍大将が、駐米大使に起用されたのは、昭和15(1940)年11月のことであった。もともとは海軍の法規畑に詳しい軍人と自負していたのだが、昭和14年8月に誕生した阿部信行陸軍大将の首相時代に3カ月近く、外相を務めたことがあった。日中戦争が次第に泥沼に入る頃で、野村を海…
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