著者のコラム一覧
元川悦子サッカージャーナリスト

1967年7月14日生まれ。長野県松本市出身。業界紙、夕刊紙を経て94年にフリーランス。著作に「U―22」「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年 (SJ sports)」「「いじらない」育て方~親とコーチが語る遠藤保仁」「僕らがサッカーボーイズだった頃2 プロサッカー選手のジュニア時代」など。

【駒沢公園】憩いのレガシーとして愛され、人々の暮らしの中に溶け込んでいる

公開日: 更新日:

駒沢オリンピック公園

「最後はメダリストになりたいです」

 53年ぶりのメダル獲得に挑むサッカー男子の主将・吉田麻也(サンプドリア)は切なる思いを吐露した。8月6日の3位決定戦(午後8時のキックオフが午後6時に変更になった)の相手・メキシコにはグループリーグで勝っているが、難敵なのは間違いない。その壁を破れるか、否か。東京五輪終盤最大のビッグマッチになりそうだ。

 1964年の前回東京五輪の男子サッカーを振り返ると、日本は準々決勝でチェコスロバキア(当時)に敗れ、8強止まりだった。が、この経験が、4年後の1968年メキシコ五輪銅メダルに繋がったのは間違いないだろう。3決前日の5日は歴史を辿るべく、57年前の日本戦3試合の地・駒沢オリンピック公園に赴き、当時に思いを馳せた。

 8月の東京は連日、異常な猛暑。車の温度計も気温39度と数字を見るだけうんざりする。五輪規制の影響で一般道の混雑はさらに悪化している印象だ。断続的な渋滞を経て、駒沢に到着した。今は陸上競技場が五輪選手用の練習場になっていると聞いていたが、特別な警備体制は敷かれていなかった。

 トレーニングルームは通常営業で、広場には幼い子を遊ばせる母親が数人いる。ランニングの周回コースを見ると、炎天下を黙々と走る人が次々とやってきた。陸上競技場の正面に出ると、上半身裸で甲羅干しをしている男性が10人程度いるのに驚いた。日焼けサロン的な公園活用法は意外感あり。その様子を眺めつつ、1964年東京五輪メモリアルパークのある体育館へ向かった。

「今回の五輪期間に57年前の東京五輪も学びたい」と考える人が一定数いるのではないかと思ったが、筆者が行った時間帯は中年女性1人と高校生の2人組が現れただけ。

最近の来場者は1日50~150人程度

「コロナ前は1日約1000人の来場者があったんですが、最近は50~150人くらいですかね」と受付の女性は苦笑する。「本当は館内テレビで五輪放送を流したかったんですけど、コロナ対策で密を避けるために見送っています。今回の五輪を見つつ、前回のことも知っていただけたら一番よかったんですけどね」と彼女は残念そうだ。

 テレビでは「東洋の魔女」の映像が流れていたが、試しに「サッカーはないか」と尋ねると「ある」との回答。来場者もゼロに近かったため、特別にそちらを流してくれるという。喜んで画面に視線を移すと日本が3-2で逆転勝利したグループリーグの初戦・アルゼンチン戦が映し出された。

 若かりし日の釜本邦茂氏のクロスに川淵三郎氏(現五輪選手村村長)がダイビングヘッドで決めた同点弾の話は聞いていたが、実際の映像を見たのは初めて。小城得達氏の決勝弾も感慨深かった。それ以上に目を奪われたのは、左サイド・杉山隆一氏の鋭い突破。現代表の相馬勇紀(名古屋)の姿が重なった。

 彼らに「日本サッカーの父」と呼ばれるデッドマール・クラマー氏(故人)が基本を叩き込み、東京五輪でアルゼンチン撃破の快挙を達成したからこそ、4年後のメキシコで銅メダルを取れた。そんな歴史を今大会に挑んでいる選手やスタッフ、報道陣、関係者なども再認識する機会を持てば、3決をまた違った気持ちで迎えられただろう。

 続いてユーゴスラビアの映像が出てきた。思わず惹きつけられてしまった。背番号9をつける大型FWのイビチャ・オシム氏だ。かつての日本代表監督は卓越した技術にセンスあふれるパス、高い決定力と多彩な能力を備えた点取り屋だったのだ。それも実際に見たことがなかったため、素晴らしい学びの場となった。

前回五輪の生観戦の記憶

「当時のサッカーは、日本人にとってマイナー競技。前回五輪の時は新聞に大々的に取り上げられていてビックリした記憶があります。僕自身は幸いにもハンガリーとチェコとの決勝を(旧)国立競技場に見に行きましたけど、足元の技術がうまくて異次元に映った。緑の芝生で試合をする文化もなかったんで、それにも驚きましたね」と57年前、中学1年生だったサッカーカメラマン・六川則夫氏はしみじみと語る。

 そういう生観戦の記憶を今の子供たちに残せないのは本当に残念だ。が、テレビ越しに応援する人は大勢いる。吉田ら日本代表には何としても悲願のメダル獲得を果たしてほしいと強く思った。

 現在の公園利用者の大半は、駒沢で作られたサッカー界の歴史を知らないだろう。それでも、この場所はレガシーとして人々の暮らしに溶け込み、憩いの場として有効活用されている。それは重要なポイントと言っていい。

 今回の五輪期間中に新国立競技場を筆頭に海の森水上競技場、カヌー・スラロームセンターなど多くの施設を取材したが、全てが駒沢のような「愛される場所」になるとは限らない。努力を積み重ねないと1998年長野五輪から20年後、休止を余儀なくされた長野市ボブスレー・リュージュパーク(愛称=スパイラル)のような末路を辿ることにもなりかねないのだ。

 50年以上先に新国立や他の施設がどうなっているのか……。おそらく筆者には見ることはできないが、負の遺産にならないことを強く願う。

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