物議を醸した大阪国際女子 女子レースで男子PMが引っ張る違和感を専門家に聞く

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マラソンペースメーカーの疑問を専門家に直撃

 こんなケースもあるのか。13日の名古屋ウィメンズマラソンは、序盤から2019年世界陸上金メダルのR・チェプンゲティッチ(ケニア)が飛び出した。1キロ3分20秒前後で走るペースメーカー(PM)と第1集団をグイグイ引き離し、一時はL・サルピーター(イスラエル)に追いつかれるも再度振り切り独走。2時間17分18秒の大会記録で圧勝した。

 今大会と対照的だったのは、1月の大阪国際女子マラソンだ。このレースには男子6人のPMがつき、前年同様、ゴールの約1キロ手前まで先導。「女子マラソンなのになぜ男子がPMなのか?」「ゴール手前まで一緒に走るのはおかしくないか?」という声が日刊ゲンダイに多数寄せられた。日本陸上競技連盟の元国際担当で、現在は世界陸連(ワールドアスレティックス=WA)でルールなどを審議するテクニカルワークストリーム・メンバーの関幸生氏(日本パラ陸上競技連盟理事)にPMについて聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──大阪国際女子は男性のPMがゴール1キロ手前まで選手を先導したことが話題になりました。

「WAのリストにはミックスレース(男女混合)として登録されているので、男性が走っても問題ありません。ただし、大会名が女子マラソンなので、レースを見ている人は『なんで男子が?』と思ったのでしょう。最初から男子も走れるとわかっていれば、ベルリンマラソンのように男性に引っ張られて女子のトップ選手がフィニッシュするシーンを大阪でも見られるわけです。日本陸連や主催者がうまく説明し、みなさんに納得してもらえれば、マラソンファンが増える可能性もあるのではないか」

 ──フルマラソンは42.195キロですが、これまで国内の主要大会ではPMは30キロでコースを外れた。「ゴール直前まで先導してもいいのか?」という疑問の声も多い。

「PMは大会参加者であることが大前提ですから、スタートからフィニッシュまで走り続けることができます。30キロまでとか、ゴールまで走ってはいけないという規則はどこにもありません」

 ──確かにWAのロードレースラベル規定(15条2)には、「大会主催者が準備するPMは誠実な競技者である。よって、他のエリート選手と同時にスタートし、スタートリストに掲載され、記録が計測され、もしフィニッシュした場合には公式な順位がつく」とありますね。

「そうです」

■誠実な競技者

 ──しかし一般の観戦者は、PMは主催者から報酬を得て、指示されたペースで走る人だと思っています。報酬をもらって他の選手のために走る人を「誠実な競技者」と言えるのですか。

「誠実とは、英語で言うbona fideになると思いますが、英語の解釈と日本人の解釈にズレがあると考えます。誠実とは、ある選手にだけ好タイムを出させるため、PMの存在を隠すなど、卑劣なことはしてはいけないということです。主催者がPMを準備する場合、参加するエリートランナー全員に紹介し、走る際はビブスなどでPMだとわかるように表記しなければなりません。またテクニカルミーティングで決めたペース(例えば第1集団は1キロ3分20秒設定。ゴールは2時間20分40秒の予定など)を選手全員に公表する。情報がすべてオープンになっているPMなら、大手を振って走っていいですよ、という解釈です」

 ──とはいえ、PMは風よけになるし、実際、「今日はPMのおかげでいいタイムが出た」という選手は多い。大阪国際ではゴールの1キロ手前まで男性が選手を引っ張り、励ますシーンも見られた。「自分の力で走ったと言えるのか?」という声は理解できます。つまり、規則144条2の助力になるのではないか、と。

「助力かどうかは見方によるでしょうが、マラソンやジョギングをやっている人なら、自分より少し速い人が出るレースに参加したいと思うでしょう。いい具合に引っ張ってもらい、終盤に自分が前に出たら勝つこともある。それを助力という人はいない。外国の大会ではPMが上位でゴールして賞金を得たケースもある。選手とPMは互いにコンピート(競争)している。競い合うことがスポーツの根幹。一人で走るわけではない。PMがいることで、よりよい記録を出すと考える方が大事ではないですか」

2つの世界記録が存在

 ──女子マラソンには2つの世界記録が存在しますね。

「そうです。女子単独レースの記録と、男女混合レースの記録です。男女では体力差があるので、体力に余裕のある男子PMに長く先導してもらった記録と、女子だけがPMを務めたレースは分けましょうとなったわけです。もしも、1月の大阪国際女子で世界記録が生まれても、それは男女混合レースの記録です。名古屋ウィメンズで世界記録が生まれたら、そちらは女子単独レースの記録ですから区別されます」

 ──世界記録が2種類になったのは2016年からでしたよね。

「はい。WAもその背景を理解しているわけですが、ワールドランキングに関しては、女子単独と男女混合レースの記録を分けていません」

■代表選考は平等に扱う

 ──男女のPMでは体力が違う。だから世界記録は2つあるというのはわかります。ならば、世界陸上や五輪の国内代表選考に関しても、2つの記録は別々に考えるべきではないですか。大阪国際と名古屋とでは、PMと先導する距離も違いますから。

「WAが定める世界陸上の参加標準記録(女子は2時間29分30秒)にはどちらの記録とは書いていませんから女子単独も男女混合も2つの記録は平等に扱われます。世界のマラソンは男女一緒に走らせることが主流になってきています。女子単独のレースで走りなさいという方が、これからは酷になるかもしれません」

■事実上30キロから始まるマラソンは面白くない?

 ──五輪や世界陸上にはPMがいません。国内の主要大会を見るとPMが30キロまで先導する。そこまでに脱落する者もいますが、本当のレースは30キロから始まるようなもので、マラソン本来のおもしろさがない、PMがいるから近年は、五輪で結果が出ないとよく言われます。今後、PMはなくなりますか?

「あくまで個人の感想ですが、海外のシカゴやロンドンなどを見ても、ペースメークはどんどんシステマチックになっている印象があります。PMの有無でいえば、五輪や世界陸上は、東京、シカゴ、ベルリンなどのワールドメジャーズとは楽しみ方が違うのではないですか。五輪や世界陸上に出場する選手は、記録よりメダルを狙う。そのメダルも男女が明確に分かれている。メダルを取るための駆け引きがおもしろい。一方、PMがいるベルリンなら、また世界記録が出ないかと期待する。どんなレースにしたいのかを決めるのは主催者なのです」

(聞き手=塙雄一/日刊ゲンダイ)

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