長嶋茂雄さんは正々堂々勝負することにこだわった。「捨てゲーム」という概念すらなかったと思う
「なんなんだ、このデータは!」
そう言って、紙を投げつけてきた長嶋監督は大変なケンマク。返す刀で、水野も「なんだ、水野! どうなってんだ、ピッチャーは!」とやられている。投げ捨てられた紙を拾いながら、水野の様子をうかがうと、嵐が過ぎ去るのをジッと待っているという表情だ。
長嶋監督はあまりデータを重用しない。現役時代のご自身がそうだったように、「来た球を打てばいいんだ」と考える。天才なのだ。当時はまだルールとして認められていた「伝書鳩」(試合中に逐一、ネット裏からデータをベンチに伝える行為)も、長嶋監督の指示で巨人は自粛していたほどだった。小細工なしに正々堂々と勝負することにこだわる監督だった。
そんな長嶋監督に「データがおかしい」と怒られても、という気持ちもあったが、チーフスコアラーとしての責任は当然あった。リリーフ陣が崩壊し、強力打線も振るわない。大型連敗を喫し、長嶋監督も我慢の限界に達していたのだ。
長嶋監督はシーズンが135試合だったら、そのすべてに勝とうとする監督だった。とにかく、負けるのが大嫌い。試合前に詳細なゲームプランを頭の中で組み立てていると知って驚いたことがあるが、それがすべて勝ちを前提にしているものだと分かってもっとビックリした。監督の中にはよく「捨てゲーム」と口にする人がいる。この試合は負けだと見定め、リリーフ投手などを温存する。長いペナントレースを考えれば、そういう切り替えが必要だが、長嶋監督の頭の中には「捨てゲーム」という概念すらなかったと思う。「1年に1度しか球場に来られないファンもいる。そういう人たちのことを考えれば、捨てゲームなんて失礼だ」とよく選手にも言っていた。