明るく陽気なだけではないラミレスが抱えていたペタジーニへの「複雑な何か」
飯田哲也氏による「すべては野村ヤクルトが教えてくれた」(第19回=2020年)を再公開
日刊ゲンダイではこれまで、多くの球界OB、関係者による回顧録や交遊録を連載してきた。
当事者として直接接してきたからこそ語れる、あの大物選手、有名選手の知られざる素顔や人となり。当時の空気感や人間関係が、ありありと浮かび上がる。
今回はあのラミレス氏について綴られた、ヤクルトの黄金期を支えた飯田哲也氏による「すべては野村ヤクルトが教えてくれた」(第19回=2020年)を再公開。年齢、肩書などは当時のまま。
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DeNAの監督になってはや5年、すっかりベイスターズの顔として定着したのがアレックス・ラミレス(45)、通称ラミちゃんです。
ヤクルト入団1年目の2001年には、打率.280、29本塁打、88打点と活躍しましたが、弱点がなかったわけではない。それが外角のスライダーでした。1年目は132三振、2年目はリーグ最多の146三振を喫しました。
来日した助っ人がまず苦労するこの球種とコースを打てなかったのは、ラミちゃんも共通していました。シーズンに入っても、バットは空を切るばかり。相手投手に「ここに投げておけば安全」とばかりに執拗に弱点を攻められ、最初は僕も、「今回の新助っ人は厳しいかもなあ……」と心配した時期もありました。


















