立大時代にあの土井正三から遊撃のポジションを奪った反骨心と猛練習
「立教はね、『入るのは入れるけど、出る(卒業)のは難しい』と言われていたんだよ」
その頃の立大は、進級や卒業が厳しかったという。当時のプロ野球選手に立大中退者が多く見られるのは、そのためだ。すでに同期入学の山口富士雄と投手の松本照夫は2年で中退し、阪急ブレーブスに入団していた。
「クリスチャンの大学だから、毎週木曜日は礼拝に行くんだけど、それ以外は寮とグラウンドの往復。単位なんか取れっこない。学業と野球の両立なんてできないよ。俺も将来は野球で身を立てたい、テストを受けてでもプロに入りたいと思っていた」
森本は立大の先輩に相談し、その紹介でとりあえず社会人野球の三協精機に籍を置くことになった。在籍期間は1ヶ月足らずだった。
「とにかくワンクッション置いてプロへ、ということで入ったんだ。申し訳ないが、監督や選手と顔を合わせたこともなかったんだよ。もちろん試合にも出ていない」
7月、阪急ブレーブスの本拠地・西宮球場にバット1本をひっさげた森本が現れた。



















