中村敬斗が第2次森保Jで10得点の主軸に 恩師が明かす“うまい選手”から「戦える男」への変貌
「この試合にすべてを懸けます」
──第2次森保ジャパンの第1戦.23年3月のウルグアイ戦で日本代表デビューを果たした。
「それから1年間で4ゴールを決め、今の地位をつかんだ。25年10月のブラジル戦に招待してもらい、娘と2人でメインスタンドで同点ゴールを見ました。彼は心からプレーを楽しんでいた。養和のポリシー<サッカーを楽しむ>を実践してくれて胸が熱くなった」
──3月のイングランド戦でも存在感を示した。
「試合前に『この試合にすべてを懸けます』と連絡があった。フランス2部所属なので試合ごとに活躍しないとW杯メンバーに選ばれない──という危機感が強かったと思います。うまい選手から<戦えてハードワークできる選手に変貌した>ことを痛感しています」
──養和からは中村の4学年上の相馬、1学年下のDF望月ヘンリー(ともに町田)がW杯メンバーの候補選手です。
「(相馬)勇紀が22年カタールW杯代表に滑り込んだ。運を持っている選手です。ヘンリーは日本人離れした身体能力を持っています。養和は昨年50周年を迎えました。私も指導して36年。<心を育てること>に注力してきました。優れた人間性を備えている3人が、大舞台に立つ日が来ることを心から願っています」
(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト)
▽ 中村敬斗(なかむら・けいと)2000年7月28日生まれ、25歳。千葉・我孫子市出身。小5までJ柏のジュニアでプレー。中学から三菱養和SCに所属。18年にJ・G大阪入り。19年夏にオランダ1部トゥウェンテに移籍。ベルギー1部、オーストリア1部を経て23年8月にフランス1部スタッド・ランス(現2部)に完全移籍。同年に日本代表初招集。24年1月のベトナム戦で54年ぶりの「代表デビューから国際Aマッチ出場6試合6得点」を記録した。
▽生方修司(うぶかた・しゅうじ)1968年10月13日生まれ、57歳。神奈川・横浜市出身。国士舘大卒業後に三菱養和会に入社。ユース監督などを歴任しながらFW永井雄一郎(浦和やカールスルーエなど)FW田中順也(柏やスポルティングなど)、J町田所属の代表FW相馬勇紀、同DF望月ヘンリー海輝らを育てた。



















