元関脇嘉風・中村親方〈2〉「愛のムチ」が存在しない時代…稽古を午前・午後の2部制にしたワケ
「愛情をもって厳しく指導したとしても、今の時代は通用しない」
中村 昔の稽古場は竹刀があるのが常識でしたが、今は竹刀を置く部屋はありません。(相撲協会の暴力排除の)講習会でも「暴力はやった側にそのつもりがなくても、やられた側がそう思えば暴力である」と言われました。それと同じで、愛情をもって厳しく指導したとしても、今の時代は通用しない。「愛のムチ」が存在しない時代になった。そこまで考えた時、「これはおそらくケガにつながるのでは?」と思ったんです。稽古量が減ったのに、食事の量は変わらない。何とか運動量を落とさず、肥満を防げないかと考えた時、2部制に行き着いたんです。
吉田 食事もきちっと3回取ろうと。しっかりと栄養を蓄えた体で稽古をすることで、身になることが多くなるという……。
中村 もし、これを読んでいる方で「それはちょっと違うよ」という方がいれば、ぜひご意見ください。取り入れます。
吉田 それを続けてきたから今の中村部屋があるわけで、今後も変わっていく可能性がありそうですね。
中村 これが正解だとは思っていませんから。
吉田 だからこそ「良いものを取り入れる」ではなく、さまざまなことを試していく、と。
中村 そういうことです。
吉田 逆にやってみたけど、すぐにやめたことはあるのですか?
中村 立ち合いがなく、(最初から)四つに組み合って始める稽古です。
吉田 やっていましたねえ。
中村 あれを稽古のメニューの中に入れるということはしていません。稽古が全部終わった後、個別に体の使い方で組み合った状態から寄る、まわしを切る稽古でやっていますけど。前はそれをメインでやっていたこともありました。
吉田 つまり、ことほどさようにやってみて、「あ、これは違うな」というものは、やめる。その柔軟な考え方はどこから生まれるんですか?
中村 いや、わからないです(笑)。
吉田 だって、だってね?親方は大相撲の世界で育ってきて、関取になり、活躍したわけじゃないですか。それをそのまま踏襲して同じことをやりましょう、というのが一番簡単じゃないですか。
中村 それを踏襲してみんなが強くなるかというと、僕は「必ずしもそうじゃないかもしれない」という仮説を立てているんですよ。 =つづく
(構成=本紙編集部)
▽中村(雅継なかむら・まさつぐ)本名は大西雅継。1982年、大分県佐伯市出身。2004年に尾車部屋に入門し、同年1月場所が初土俵。05年新十両、06年新入幕。19年に引退するまで、長く幕内の土俵を務めた。現役通算94場所で、649勝642敗30休。三賞10回、金星8個。最高位は関脇。



















