「森崎和江」内田聖子著

公開日: 更新日:

「からゆきさん」で知られる作家で詩人、森崎和江は、昭和2年、日本の統治下にあった朝鮮で生まれ、17歳まで祖国を知らずに育った。父はリベラルな教師で、朝鮮固有の文化を尊重する人物だった。和江は豊かな生活を享受しながらも、子供心に支配者の立場にあることを感じ取り、折々の出来事を通して心に小さな疵を増やしていく。

 精神の故郷を持たない植民者2世は、戦後、日本人としてどう生き直したのか。罪の意識とどう向き合ったのか。著者は森崎和江に深い共感を示しつつ、その軌跡をたどっている。

 25歳で結婚。1男1女をもうけたが、詩人・谷川雁と出会い、未知の世界へと踏み出す。子連れで筑豊の炭坑長屋に移り住み、雑誌「サークル村」を刊行。女坑夫の聞き書きも始めた。炭坑では男も女も働く。地底の暗黒の恐ろしさを知りながら、女たちは明るく、強い。和江は炭坑の町で、「自分が知らない日本、自分が知らない自分」に出会うための精神の鉱脈を掘り当てた。

 その間、父の死、弟の自死、身近に起きた強姦殺人事件などが和江を打ちのめした。パートナーである谷川雁の中に、旧態依然たる日本男児の面があることも知った。

 谷川と別れた和江は、ものを書きながら母子家庭を営むことになる。母、妻、主婦……。男性社会がかぶせた呼び名を返上し、豊穣な生を生きようとする。森崎和江は、自らの力で森崎和江になった。

 植民者2世として森崎は、「自分が2つの民族に割れる」苦しみを味わった。そして、自分の中に侵略者とは違う核を見つけたいとあがいた。今も続く日朝間の問題の根深さが、森崎の身体感覚を通してひたひたと伝わってくる。(言視舎 3000円+税)




【連載】人間が面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    JリーグMVP武藤嘉紀が浦和へ電撃移籍か…神戸退団を後押しする“2つの不満”と大きな野望

  2. 2

    広島ドラ2九里亜蓮 金髪「特攻隊長」を更生させた祖母の愛

  3. 3

    悠仁さまのお立場を危うくしかねない“筑波のプーチン”の存在…14年間も国立大トップに君臨

  4. 4

    田中将大ほぼ“セルフ戦力外”で独立リーグが虎視眈々!素行不良選手を受け入れる懐、NPB復帰の環境も万全

  5. 5

    悠仁さまの筑波大付属高での成績は? 進学塾に寄せられた情報を総合すると…

  1. 6

    FW大迫勇也を代表招集しないのか? 神戸J連覇に貢献も森保監督との間に漂う“微妙な空気”

  2. 7

    結局「光る君へ」の“勝利”で終わった? 新たな大河ファンを獲得した吉高由里子の評価はうなぎ上り

  3. 8

    飯島愛さん謎の孤独死から15年…関係者が明かした体調不良と、“暗躍した男性”の存在

  4. 9

    巨人がもしFA3連敗ならクビが飛ぶのは誰? 赤っ恥かかされた山口オーナーと阿部監督の怒りの矛先

  5. 10

    中日FA福谷浩司に“滑り止め特需”!ヤクルトはソフトB石川にフラれ即乗り換え、巨人とロッテも続くか