「娯楽番組を創った男」尾原宏之著

公開日: 更新日:

 敗戦後間もない時代、ラジオは庶民にとってほとんど唯一の娯楽メディアだった。昭和21年に始まった「のど自慢」は、素人にマイクの前に出て歌うチャンスを与えた。調子っぱずれな歌にカーンと一つ鐘が鳴ると、笑いが起きた。その翌年に始まった「日曜娯楽版」は、替え歌や川柳で政治や世相を痛烈に風刺して、大衆の留飲を下げた。

 これらの今につながる娯楽番組をプロデュースしたのは、日本放送協会(NHK)の丸山鐡雄である。丸山の父、幹治は多くの新聞社を渡り歩いたジャーナリスト。弟に政治学者の丸山眞男、フリーライターで評論家の丸山邦男がいる。

 鐡雄は京大卒業後、急成長を続けるNHKに就職する。そして戦前、戦中、戦後を通じて、組織人として娯楽番組の制作に携わり、足跡を残した。そんな鐡雄を、著者は「サラリーマン表現者」と呼ぶ。歴史的変動の波の中で鐡雄は何を思い、どう生きたのか。著者は鐵雄の人生を通して、日本の戦前戦後の精神史、放送メディア史を描こうと試みた。

「出せ一億の底力」

「進め一億火の玉だ」

 戦時中のラジオからは国策宣伝歌謡が流れた。娯楽番組にも大衆を導く「指導性」が求められ、鐡雄は反発する。放送局は上から押し付けられた「指導性」ではなく、下から押し上がってくる大衆の表現を志向すべきではないか。戦後の番組制作の出発点はここにあった。自由な空気の中で、鐡雄は手腕を振るった。

 だが、栄光は続かない。大衆と感性を共有することを目指した鐡雄だったが、やがて大衆と乖離していく。美空ひばりを嫌い、ロカビリーを罵った。後年の音楽シーンは、「娯楽番組を創った男」の敗北の証明となった。(白水社 2200円+税)

【連載】人間が面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    立花孝志氏はパチプロ時代の正義感どこへ…兵庫県知事選を巡る公選法違反疑惑で“キワモノ”扱い

  2. 2

    タラレバ吉高の髪型人気で…“永野ヘア女子”急増の珍現象

  3. 3

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  4. 4

    中山美穂さんの死を悼む声続々…ワインをこよなく愛し培われた“酒人脈” 隣席パーティーに“飛び入り参加”も

  5. 5

    《#兵庫県恥ずかしい》斎藤元彦知事を巡り地方議員らが出しゃばり…本人不在の"暴走"に県民うんざり

  1. 6

    シーズン中“2度目の現役ドラフト”実施に現実味…トライアウトは形骸化し今年限りで廃止案

  2. 7

    兵庫県・斎藤元彦知事を待つ12.25百条委…「パー券押し売り」疑惑と「情報漏洩」問題でいよいよ窮地に

  3. 8

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 9

    大量にスタッフ辞め…長渕剛「10万人富士山ライブ」の後始末

  5. 10

    立花孝志氏の立件あるか?兵庫県知事選での斎藤元彦氏応援は「公選法違反の恐れアリ」と総務相答弁