世界一センセーショナルな作家の“処女小説”

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「H・P・ラヴクラフト─世界と人生に抗って」ミシェル・ウエルベック著 星埜守之訳/国書刊行会 1900円+税

 ウエルベックといえば、フランスにイスラム政権ができるという近未来小説「服従」の刊行当日に、イスラム教過激派を風刺した週刊紙「シャルリー・エブド」の襲撃事件が起こるなど、〈世界一センセーショナルな作家〉と称されもするフランスの作家である。

 本書は、そのウエルベックの最初の著書。アメリカの怪奇幻想作家でカルト的人気を誇り、ウエルベック自身、若い頃から耽読してきたラヴクラフトを論じたもの。本格的な評伝ではなく、本人によれば「ある種の処女小説」のように書いたものだという。やはりラヴクラフトを偏愛するスティーブン・キングが序文を寄せている。

 ラヴクラフトは、18歳のとき神経衰弱の餌食となり、それから10年余り家に閉じこもり、母親以外とは話もせず、昼間はベッドから出ることなく、一晩中、寝間着でうろつく。大人になることを拒み、世界に嫌悪感を抱き、絶対的な無意味さに侵食され、ただエゴイズムだけが存在する。

 生涯に10万通もの手紙を書き、文章添削の仕事の傍らパルプマガジンに小説を発表し始めるが、生計を支えるほどの収入にはならず、父の遺産を食いつぶしていたが、売らんがための妥協は断固として拒む。そこにあるのは、世界全般への絶対的な憎悪と現代社会への個別的な嫌悪である――。

 しかし、とウエルベックは言う。多くの作家が自らの作品にそうした嫌悪の理由を明らかにすることに捧げているのに対し、ラヴクラフトにとって憎悪は前提条件に過ぎない。むしろ、セックスと金銭という2つのテーマに言及していない(キングは前者に関して異論を唱えているが)ことにこそラヴクラフトの作品の特異性があるのだ、と。

 面白いことに、ウエルベックの「素粒子」や「プラットフォーム」などの小説と、本書で描かれるラヴクラフトとはいわば、さかしまの関係。そこにウエルベックという作家の真骨頂がありそうだ。
<狸>

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