「働く文学」奥憲太著
1979年11月4日、近鉄対広島の日本シリーズ第7戦、点差1点で江夏がマウンドに上がった。彼には「自分の仕事場はつねに今、ここであって、次はない」という覚悟があった。だが、ピンチを迎えたとき、ブルペンで他のピッチャーが準備をするのを見て動揺する。オレはまだ完全に信頼されているわけじゃないのだ。そのとき、一塁手の衣笠が近づいてきてこう言った。
「オレもおまえと同じ気持ちだ。ベンチやブルペンのことなど気にするな」
その一言で江夏は集中力を取り戻す。仲間の仕事と人格に寄り添うことで生まれるものが人の働く理由になる。(山際淳司「江夏の21球」)
文学作品の中の、働く人の命綱となるような言葉を紹介。
(東海教育研究所 1800円+税)