「恐竜発見 巨大な骨の化石の謎に挑んだ人々の物語」エドワード・ドルニック著、杉田七重訳/東京創元社(選者:佐藤優)
科学史の傑作──「知識の蓄積」と「創造的思考」の違いを教えてくれる
「恐竜発見 巨大な骨の化石の謎に挑んだ人々の物語」エドワード・ドルニック著、杉田七重訳
恐竜がかつて地球上に存在したことは、今日では小学生でも知っている。しかし、200年ほど前の人々にとって、恐竜という存在を想像すること自体が困難だった。本書は、巨大な骨の化石の発見を手掛かりに、人類がそれまでの世界観を根底から変えていく過程を描いた科学史の傑作だ。単なる恐竜の発見物語ではない。科学的認識がいかに成立するかを考えるための本である。
著者は、イギリスの医師で化石研究者でもあったギデオン・マンテルの業績について、こう記す。
〈恐竜を「掘り出した」ことは快挙であるが、それ以上に、恐竜を「思い描いた」ことが偉業なのである〉
ここが本書の核心だ。目の前に巨大な骨があっても、それが未知の生物に属するという発想がなければ、科学的発見にはつながらない。新しい事実を認識するためには、既存の世界観そのものを組み替える必要がある。
興味深いのは、恐竜の発見がキリスト教の創造論との緊張関係を生み出したことだ。当時のヨーロッパでは、神が世界を創造し、生物には一定の秩序が与えられているという理解が支配的だった。
しかし、すでに絶滅した巨大生物の存在は、この認識を揺さぶった。地球の歴史は聖書の文字どおりの解釈から想定されるよりもはるかに長く、生物も絶滅する。この事実をどう理解するかが問題となったのである。
評者はプロテスタント神学を学んできたので、この問題に強い関心を持つ。重要なのは、科学が発展した結果、宗教が単純に敗北したということではない。神の創造を人間がどのように認識するかという問いが、新しい科学的知見によって組み替えられたのである。信仰と科学を機械的に対立させる理解では、この思想史的変化を捉えることはできない。
現代のビジネスパーソンにとっても示唆は大きい。膨大な情報を収集しても、それを解釈する枠組みが古ければ、新しい現実は見えてこない。生成AIが大量の情報を処理する時代だからこそ、何を問題とし、どのような仮説を立てるかという人間の知的営為が重要になる。恐竜の発見史は、知識の蓄積と創造的思考の違いを教えてくれる。 ★★★
(2026年10月11日脱稿)



















