「『共感報道』の時代」谷俊宏氏

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 共同通信の記者時代、著者は赤塚不二夫さんの妻に「死神」と呼ばれた。晩年、食道がんを患っていた赤塚さんの死亡記事を他社に出し抜かれないために、張り付いては「病状は?」とお決まりの質問を繰り返す。取材を受ける側も、取材する側もやりきれない。これが「共感報道」の対極にある取材姿勢だと、本書の冒頭で自戒を込めて紹介している。

「私が叩き込まれた取材の基本はいわば『やらずのぶったくり』。記者は自分のほしい情報を得るために一方的に質問しまくり、見出しに使えそうな言葉を引き出せたらいいという考えです。相手がどう感じるかなんて全く考慮しない。こういう取材スタイルは、自分の良心にフタをしないとできません。私も取材相手に気に入られるために、誕生日ケーキを届けたりしました。すごく姑息なやり方だし贈収賄スレスレの行為ですが、『必要なことだ』と自分を無理やり納得させていました」

 個人的な感情は表に出さず、客観的に事実を取材・報道し、へこたれない。そんな旧来の報道人の「あるべき姿」が、3・11で状況が激変したと著者は言う。

「3・11を取材した記者たちの手記を読んで、衝撃を受けました。記者が葛藤しながらも喜怒哀楽をあらわに、相手の身になって大粒の涙を流したことを次々に公表していた。取材を終えた記者がトイレに駆け込んで嗚咽するほど号泣する場面など、私には想像もできなかったんです」

 著者は認知症を患った親の介護のため、共同通信を退社していた。

「記憶を失っていく相手といかに関係を再構築したらいいのか」と模索するなかで、臨床心理学研究の道に進む。先の手記を機にこれまで注目されてこなかった記者自身の「心」に着目すると、新しい報道スタイルの可能性が見えてきた。著者はこれを「客観報道」「調査報道」に並ぶ第3の報道「共感報道」と名付け、研究成果をジャーナリズム論としてまとめたのが本書だ。

「共感報道は、傾聴を通じて取材相手と感情を分かち合い、相互理解を目指す報道スタイルです。大切なのが相手へのフィードバック。記事にしたり報道するのはもちろん、災害の遺族に対してNPOや弁護士を紹介したり、相手の知らない情報を教えたりするのでもいいんですね」

 相互理解が深まると、一方的な取材では得られない相手の本音を引き出せる。本書では、2014年の御嶽山噴火で次男と婚約者を亡くした遺族の所清和さんと、中部日本放送の記者のケースが紹介されている。次男と同年代の記者は、涙を介して遺族と深く共感し合った。

「同情を誘うだけの企画には協力しない。息子の死を無駄にしたくない」という遺族の思いを受け、記者は気象庁や地震学者へ取材を重ね、真相究明と防災の特番を複数回組むという成果につながった。

「ジャーナリズムの最後のフロンティアは、共感報道だと思うんです。理由はAIの進歩にあります。すでに欧米では、スポーツの速報や金融情報などの客観報道記事はAIが書いていますし、調査報道だって実は情報源のほとんどは既に公開されているもの。人間がヒントさえ与えれば、後はAIがやってくれます。でも相手に共感し、そこから人が明日を生きる力になるような『秘話』を引き出すことは、AIにはできませんからね」

▽たに・としひろ 1959年、神奈川県出身。早稲田大学政治経済学部卒。ジャーナリスト、マスメディア研究者。84年共同通信社に入社。大阪社会部、岡山・盛岡・広島・ロサンゼルス各支局などを経て15年退社。大正大学大学院で仏教学、武蔵野大学大学院で臨床心理学を学ぶ。

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