「犬であるとはどういうことか」アレクサンドラ・ホロウィッツ著 竹内和世訳

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 生物学の名著のひとつにユクスキュルの「生物から見た世界」がある。人間の目からではなく個々の生物それぞれが知覚する環境世界から生物を見ることを提唱した先駆的作品だ。犬や猫を飼っているとついつい人間になぞらえて彼らの行動を測りがちだが、相手にしてみれば迷惑なことも多いに違いない。心理学者で動物行動学者、そして大の愛犬家である著者は、まさに犬の目に世界がどう映っているのかを前著「犬から見た世界」で描いてみせた。

 本書はさらに進んで、著者自ら犬になってみようと試みた記録である。といっても、人間の生活を捨てて犬と一緒に生活をするわけではない。犬のもっとも犬たるゆえんの「匂いを嗅ぐ」ことをとことん追求してみようというのである。

 人間が物事を判別するのに視覚を用いるように犬は嗅覚で世界を感知していく。犬が地面や他の犬の毛の中に深く鼻を突っ込むのは、そこで膨大な情報を処理しているからだ。そのためには鋭い嗅覚が必要。

 そこで著者はロックフェラー大学の嗅覚研究室のプロジェクトに参加する。茶色いガラス瓶が100個。そこには多種多様な匂いが閉じ込められており、それを一個一個嗅いで特徴を書いていく。簡単なようだが、普通はそれだけの匂いを一遍に嗅ぐことなどない。ふらふらになったものの、世界には多様な匂いがあるという当たり前のことを知るようになる。

 一方、人間に決められた視覚の世界に生きている飼い犬たちは、自分が匂いを嗅ぐ存在であるということを忘れつつあるという。現代社会では匂いが目の敵のようにされ、脱臭が世のモードになっている。しかし、著者の結論は「世界は匂う」。この当たり前のことに気づいたことは、大きな喜びだった、と。(白揚社 2500円+税)

 <狸>



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