「女王様の電話番」渡辺優氏

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「女王様の電話番」渡辺優氏

 LGBT+と聞いて、「それ、なんですか」という人はもういないだろう。ゲイ、レズビアンなどの人たちへの理解は進んできているが、「アセクシャル」は今なおあまり知られていない。日本語にすると、「無性愛」つまり性的な行為への関心・欲求が少ない、もしくはない人のこと。好きな相手に「先々、キスやセックスをしたい」旨を示されると、嫌悪感を覚える人もいる。2023年の全国調査では、アセクシャル自認者の割合は0.9%だとか。本書は27歳のアセクシャルの女性が主人公の小説だ。

「本書の冒頭に『この世界はスーパーセックスワールドだ』と書きました。今の世の中、恋愛をして、性的な関係となることが普通な風潮じゃないですか。私がアセクシャルという言葉を初めて知ったのは大学時代。セクシュアルマイノリティーの友だちのコミュニティーで聞きました。以来、世の『恋愛至上主義』『スーパーセックスワールド』にもやもやしながら暮らしてきたので、私にしか書けないことをテーマにしたいと思ったのです」

 小説の主人公は新卒で大手企業に勤めたが、社内恋愛直前となった先輩との関係の中で「性的なことは無理」と自覚したことを発端に退職。SMの女王様をデリバリーする風俗店のコールセンターで淡々とバイトをしている設定だ。女王様は20代が大多数だが、一人だけ50歳の「美織さん」がいる。「ワケあり奥さん」風。売れっ子だった。主人公はその美織さん「推し」となる。

「美織さんは人との距離の取り方が独特で、主人公は初対面のときにハグされます。アセクシャルには性的意図のない接触は気にならないという人もいて、彼女もそう。美織さん推しになるのはハグが温かく、はつらつとした人だったからですが、それだけじゃない。50歳で風俗がなりわいというなら、結婚、出産など女性の一般的なラインからは外れてきた人? と興味を持ったからかも。ほかの楽しみを持ち、今もハッピーなのではと。『世の中のセックスを分かりたい』との願望とつながりを感じたからかもしれません」

 主人公は思い切って美織さんを食事に誘い、快諾される。ところが、彼女は失踪してしまう。「美織さんは何者か」を探ると共に見つけ出そうと主人公が動く。ミステリーのように物語が進むのも読みどころだが、それはこの物語の一部だ。美織さんはなぜ嘘を重ねたのか。美織さんの「恋人」を名乗る76歳の常連はどんな人物か。主人公および親友たちの本音は? 職場恋愛直前までいった先輩の主人公への思いは? 現代社会だからこそのいくつもの謎解きが仕掛けられているのだ。

「アセクシャルの人の中にもさまざまな考えを持つ人がいるんです。恋愛には一切関わらず一人で生きていきたいという人もいれば、社会的に祝福されたいという思いを抱える人もいる。もっともセクシュアリティー問題に限らず、世間の正しさと自分の感覚がズレるモヤモヤのまま生きてもいい──と読み取ってもらえてもうれしいですね」

 読み進むにつれ、登場人物の誰かを“自分に置き換えられる”と思えてくること必至だ。 

(集英社 1980円)

▽渡辺優(わたなべ・ゆう)1987年、宮城県生まれ。2015年に「ラメルノエリキサ」で第28回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。「自由なサメと人間たちの夢」「月触島の信者たち」など著書多数。

【連載】著者インタビュー

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