「鶴見俊輔伝」黒川創著

公開日: 更新日:

 戦後日本を代表する思想家といえば、吉本隆明と鶴見俊輔の名前を外すことはできないだろう。この2人の対談に「思想の流儀と原則」がある。「流儀」を重んじる鶴見と「原則」にこだわる吉本の違いが鮮やかに表れている重要な対談であるが、流儀に軸足を置く鶴見にとって、自己を語ることは重要なスタイルのように思える。「北米体験再考」「私の地平線の上に」「期待と回想」などの自伝的著作がそれにあたる。

 とはいえ、時代と出来事は選別されており、語られぬことも多かった。本書は、没後3年にして著された本格的評伝で、これによって初めてその全体像を見渡すことができるようになった。

 著者は、京都ベ平連事務局長・北沢恒彦の長男として幼児から鶴見に接していて、晩年には公私ともに鶴見を支えていた。その手になる評伝だけに、細部に意が尽くされ、思わぬエピソードも登場する。

 祖父・後藤新平、父・鶴見祐輔という政治家一家に生まれ、その軛(くびき)から逃れるように不良少年となり、日本を脱して米国ハーバード大学に入学。日米開戦後、日本へ帰国し軍属としてジャカルタへ赴任。敗戦後、雑誌「思想の科学」を創刊、60年安保後に「声なき声の会」「ベ平連」などの市民運動を展開する――。

 鶴見のこうした軌跡は、多くの人に大きな影響を及ぼしたが、本書を読んで改めて感じるのは、鶴見もまた多くの人から強い影響を受けていたということだ。祖父、父をはじめ、カルナップ、オーウェル、姉の和子、都留重人、丸山真男、武谷三男、桑原武夫、久野収、竹内好……これらの人たちの考えと対峙した上で吸収し、オリジナルな思想をかたちづくっていく。そこから発せられる鶴見の声は、時代を超えて今後も息長く響いていくに違いない。

<狸>

(新潮社 2900円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    小室圭さん年収4000万円でも“新しい愛の巣”は40平米…眞子さんキャリア断念で暇もて余し?

    小室圭さん年収4000万円でも“新しい愛の巣”は40平米…眞子さんキャリア断念で暇もて余し?

  2. 2
    メジャー29球団がドジャースに怒り心頭! 佐々木朗希はそれでも大谷&由伸の後を追うのか

    メジャー29球団がドジャースに怒り心頭! 佐々木朗希はそれでも大谷&由伸の後を追うのか

  3. 3
    若い世代にも人気の昭和レトロ菓子が100均に続々! 製造終了のチェルシーもまだある

    若い世代にも人気の昭和レトロ菓子が100均に続々! 製造終了のチェルシーもまだある

  4. 4
    巨人にとって“フラれた”ことはプラスでも…補強連敗で突きつけられた深刻問題

    巨人にとって“フラれた”ことはプラスでも…補強連敗で突きつけられた深刻問題

  5. 5
    長渕剛の大炎上を検証して感じたこと…言葉の選択ひとつで伝わり方も印象も変わる

    長渕剛の大炎上を検証して感じたこと…言葉の選択ひとつで伝わり方も印象も変わる

  1. 6
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  2. 7
    「監督手形」が後押しか…巨人入り目前から急転、元サヤに収まった真相と今後

    「監督手形」が後押しか…巨人入り目前から急転、元サヤに収まった真相と今後

  3. 8
    東京15区補選は初日から大炎上! 小池・乙武陣営を「つばさの党」新人陣営が大音量演説でヤジる異常事態

    東京15区補選は初日から大炎上! 小池・乙武陣営を「つばさの党」新人陣営が大音量演説でヤジる異常事態

  4. 9
    高島彩、加藤綾子ら“めざまし組”が大躍進! フジテレビ「最強女子アナ」の条件

    高島彩、加藤綾子ら“めざまし組”が大躍進! フジテレビ「最強女子アナ」の条件

  5. 10
    「救世主にはなり得ない」というシビアな見方…ピーク過ぎて速球150キロ超には歯が立たず

    「救世主にはなり得ない」というシビアな見方…ピーク過ぎて速球150キロ超には歯が立たず