中山七里 ドクター・デスの再臨

1961年、岐阜県生まれ。2009年「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。本作は「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「ハーメルンの誘拐魔」「ドクター・デスの遺産」「カインの傲慢 」に続く、シリーズ第6弾。

<3>母の枕元に200万円の紙包み

公開日: 更新日:

 電子レンジで温めたシチューをひと口啜ると、料理の腕を上げたと富秋が褒めてくれた。

「毎日台所に立っていれば、嫌でも腕は上がるよ」

「いやあ、そんなことはないぞ。こういうのにも素質があって、母さんなんて新婚当初から全然上達しなかった」

「お父さん」

 亜以子のひと睨みで富秋は押し黙る。娘と話すと不思議にひと言多くなるのが富秋の悪い癖だった。

 もっとも富秋は決して悪い父親ではない。瑞穂の病気が深刻なものと分かってからは早く退社してくれるようになった。中間管理職がそうそう早く帰宅できるものではないことくらい亜以子も承知している。職場でもいい顔はされないだろうし早く帰ってきても富秋のできる家事は限られている。それでも仕事を理由に家庭を蔑ろにしないだけでも嬉しかった。

「生活費は足りているのか」

 唐突に訊かれた。父親から訊かれるのは学校のことか、そうでなければ家計のことに限られている。きっと父親というのはそういうものなのだろう。

 瑞穂が寝たきりになってからというもの、長山家の財布は亜以子が握ることになった。月々の水道光熱費と食費、学費に富秋の昼食代。可能な限り倹約に努めているが、やはり瑞穂の介護治療費が大きな負担となっており、食費を多少切り詰めても焼け石に水だった。

「もし足りなければ、すぐに言えよ」

 富秋は殊更ぶっきらぼうに言う。カネのことで娘に心配をかけさすまいと思っているのが丸分かりだ。

「ところでお父さん、お母さんに頼まれたものって何だったの」

「現金だ」

 紙包みには結構な厚みがあった。あれが札束なら十万や二十万ではない。

「介護サービス社への支払いがあるからATMで引き出してくれと頼まれた」

「支払いって銀行引き落としじゃなかったっけ」

「契約内容の変更で、急いで現金を用意しなきゃいけないと母さんからメールがあった」

「お父さんも知らなかったの」

「はじめに介護サービス社と契約したのは母さんだったしな」

 自分が難病だと知った瑞穂の行動は早かった。介護の全てを家族に任せるのは危険と判断し、すぐに自ら介護サービス社に連絡したのだ。

「ただ金額が大きいのが少し気になる。大金だから何度も母さんに確認したが、自分名義の口座から下ろすから構わないって言われた」

「大金っていくらなの」

「二百万円だ」

 (つづく)

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