「三国志入門」宮城谷昌光氏

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「深くなく浅くなく、難しくなく易しくもない、そういう三国志の本が意外にないなと思っていました。ただ、私は新書を書くのは初めてで、今回は企画や章立てを編集者に作ってもらって、それに沿って書いたんです。初心者の方や、学び直す方が面白いようにと考えながら書くのは、けっこう大変でしたね」

 中国歴史小説の第一人者であり、すでに小説「三国志」(全12巻)を上梓している著者による三国志入門が出た。劉備、諸葛亮(諸葛孔明)、曹操といったお馴染みの英雄たちの人物解説に、「赤壁」をはじめとする名勝負の図解、名言の由来まで。さまざまな入り口から三国志の深淵へと誘ってくれる一冊だ。

「羅貫中によって書かれた小説『三国志演義』は、中国で最も多くの人に読まれた小説であり、日本でも読まれ続けています。羅貫中は本当にうまくて、小説はこうやって作るものだという虚構の面白さを教えてくれるんですね。それで何回も何回も繰り返し読むうちに、今度は虚構の綻びみたいなものに気づくんです。たとえば曹操を悪役にしようという意図が見える一方で、人民を思いやる彼の心がちらりと出てしまっている。そこで歴史書の『正史(三国志)』も読みたくなったわけです」

「演義」と「正史」はどこがどう違うのか。著者は2つの三国志が誕生した歴史的背景を端的に示した上で、「正史」に基づいた人物解説へと移る。「演義」を読んできた読者にとっては、印象の異なる人物像が書かれているかもしれないが、それこそが本書の面白さだろう。先に話題に出た、悪役のイメージがある曹操を著者は、能力主義者と評価する。

「中国史を難しくしているのは儒教だと思います。儒教の基本は『孝』、親孝行ですね。自分を産んでくれた親は、主君や君主よりも大切、というのが儒教の基本思想です。『義』を重んじる日本人は、主君と親が同時に病気になったら主君のもとに駆け付けるだろうけれど、『孝』が大切な中国人は親を優先するんです。曹操はこの儒教がもろ刃の剣であることをよく理解していて、だから彼は能力主義を敷き、儒教にとらわれない王朝をつくろうとしたのです」

 三国志の中核を成す人物、劉備と諸葛亮もまた、儒教の思想から逸脱するところのある人物だった。ゆえに、日本人にとってわかりやすく、かくも愛されているのだという。

「諸葛亮は絶対に主君を裏切りませんでした。我欲がいっさい見られない、中国では珍しい人物です。劉備の周りには不思議とそういう人が集まったんですが、それは、劉備自身が持たない人だったからだと思います。彼は家族も恩人も『棄てていく人』で、私は仏教思想の先駆者ではないかと考えたこともあるんです。その劉備が、関羽の死後、自ら仇討ちに行きます。中国の歴史上、父や主君の仇を討つことはあっても、家臣の仇を討つことはなかった。空前絶後の特異な存在です」

 個性豊かなキャラクターの中から自分の“推し”を探すのもいいし、乱世を泳ぐ教訓を得るのもいいだろう。物語から離れ、あの名言を教養として身に付けておくという使い方もできる。

「よく知られた『死せる諸葛 生ける仲達を走らす』を『死せる孔明』と覚えている人は多いですが、『諸葛』を『孔明』に換えると、諺の中にあった本意が半減してしまうんです。名言の本来の意味や由来を知ってもらいたいですね」

 著者は三国志の世界を「宝の山」に例えている。初心者も経験者も本書を手に宝の山に分け入り、自分だけの宝を見つけてはいかが。

(文藝春秋 1045円)

▽みやぎたに・まさみつ 1945年、愛知県生まれ。早稲田大学第一文学部英文科卒。出版社勤務のかたわら立原正秋に師事、創作を始める。1991年「天空の舟」で新田次郎文学賞。同年「夏姫春秋」で直木賞。著書に「重耳」(芸術選奨文部大臣賞)、「子産」(吉川英治文学賞)、「劉邦」(毎日芸術賞)、「孔丘」など。2004年菊池寛賞。06年紫綬褒章。16年旭日小綬章。

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