第12話:計画的略奪
アイテム:ROLEX 116520 ブラック
お客様:佐藤淳
◇ ◇ ◇
梅雨の中休みで西日が窓から差し込んできている。
そこそこ注文も入ったので、早めに切り上げてプロ野球中継でもテレビ観戦しようと思っていたところに、1本の電話が入った。
「神奈川県横浜南署の曽根でございます。社長様はおいででしょうか?」
利発そうな澄んだ声の女性は言った。
(警察がなんだ?)
「私ですが」
「昨日、御社から横浜市内に発送された代金引換のゆうパックについて、確認させていただきたいことがあります」
声には若さが残っていたが、質問の切り出し方には、すでに現場の空気を吸っている者の落ち着きがある。
昨日、代金引換のゆうパックで発送した商品は一点のみだったので覚えていた。
「どういったことでしょうか?」
「実はそのお荷物が盗難に遭いました」
(盗まれた? いつ? どこで?)
丹下氏(第11話登場)のように商品を衝動的に略奪、その後も理不尽な論法で支払いを回避しようとするような強者たちとの邂逅で鍛えられたのか、感覚が麻痺してしまったのか、さして動揺していない自分がいる。
小さな緊張はあったが、特にうろたえることもなく次の質問が口をついて出た。
「どのような状況なのでしょうか?」
「『佐藤淳』という人物宛てに出されたゆうパック小包ですが、配達先でその名をかたる男に代金未収のまま持ち去られました」
「……」
(注文者が奪った? どういうことだ?)
女性刑事は、私の沈黙に寄り添うことなく、
「つきましては、どのような経緯で注文を受けたのかを教えてください」
と、よどみない実務的な質問で言葉を継いだ。
『佐藤淳』はメールで注文を入れてきた。
件名に「注文:ROLEX コスモグラフデイトナ Ref.116520 BLACK」とあり、氏名、住所、携帯電話番号、支払い方法が項目ごとに奇麗に改行され記載してある。
大半の時計通販サイトに「買い物カゴ」が設置されているにもかかわらず、弊社は当時メールや電話で注文を受けていた。
電話での話しぶりやメールの記載の仕方で注文者の人となりが垣間見える。
前時代的取引形態こそ顧客とのコミュニケーションが図れる格好の手段と考えていた私は、この方式を「デジタルアナログイズム」と名付け、悦に入っていた。
高額商品の購入ゆえに、ボタンひとつでポチッと注文出来る利便性よりも、ショップとの濃密なやりとりを望む顧客も一定数存在する。
発信元がフリーメールアドレスではなく、会社名や屋号の入った独自ドメイン、あるいはプロバイダー提供のメールアドレスであれば、安心度は増す。
とはいえ、信頼できる顧客がフリーメールで問い合わせや注文を入れてくることも、少なからずあるので決定的な判断基準にはならないが、高額時計の取引において、メールアドレスは相手の素性を測る最初の手掛かりにはなる。
佐藤淳は、フリーメールを使っていた。
代金引換による高額商品の注文なので、メールに記載してある『佐藤淳』の携帯電話番号にダイヤルする。
代金引換の注文の場合、本当に受け取るのかを見極めなくてはならない。
以前、大手出品モール経由の代金引換注文で時計を出荷したところ、届け先から連絡が入り「注文した覚えがない」とのクレームを受けた。
悪意の第三者によって、身に覚えがないピザが大量に自宅が届くのと同類の嫌がらせを受けたようだ。
それを機に、代金引換による購入客にはイタズラ注文ではないこと、明確な購入意思があるかなどの確認は必ず取るように社内で徹底することにした。
時に、突如として購入意思がなくなった、急な入用が発生し時計購入を見送りたい、というような事例も散見されるが、商品自体は手元に残るので損失は送料分と出荷の際に伴う梱包などの労力にとどまる。
電話をかけるも「現在使われておりません」と、あからさまな冷やかし注文もあるが、電話に出た『佐藤淳』の「ご連絡ありがとうございます。到着を楽しみにしております」という丁寧な口調に安堵したことを覚えている。
時間指定は本日の午前中だった。


















