歌舞伎から狂言、能まで 伝統芸能を知る本

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「千五郎の勝手に狂言解体新書」茂山千五郎著

 伝統芸能とはいっても、新作もどんどん作られているし、演者も自分なりの解釈や趣向を盛り込んで、舞台は日々変身している。そんなスリリングな伝統芸能の〈今〉を紹介しよう。

「萩大名」は、中世の大名が太郎冠者を連れて、よその庭に萩を見に行く話だ。

 そこの亭主は客に即興で歌を詠ませる趣味がある。そこで太郎冠者が「七重八重。九重とこそ思ひしに。十重咲き出づる萩の花かな」という歌を教えるが、大名はなかなか覚えられない。扇子の骨で七重から十重を、自分の脛と鼻で萩の花を覚えさせるが、大名は忘れてしまって「太郎冠者の向こう脛と鼻の先」と言って亭主を怒らせる。大名のことを太郎冠者が「さてもさても、苦々しいことじゃ」「さてもさても、愚鈍なお方じゃ」「さてもさても、気の毒なお方じゃ」とくさすが、ここは三段オチにして、最後にしっかりと落としたいと茂山は考える。〈萩大名〉

 4歳で初舞台を踏んだ著者が、19の狂言作品を通して、狂言をどのようにとらえ、どのように演じているかをつづる。 (春陽堂書店 2750円)

「伝統芸能ことば蔵一○○」村尚也著

 相撲の元祖と言われる当麻蹶速と野見宿禰の立ち合いで、野見宿禰が当麻蹶速の肋骨と腰骨を踏み折って勝った。それが腰折田という地名の縁起として伝えられる。民俗学者の折口信夫は、これを、時の政府に従わない部族を他の部族に鎮めさせた裏の歴史を意味するとみる。

 野見宿禰は出雲から呼び寄せられて、その日のうちに立ち合いをしたとあるが、これは島根県の出雲ではなく、現在の奈良県初瀬辺りの出雲郷ではないか。「丹波国風土記」には、奈良朝の初めに出雲大社の祭神である大国主命を島根に遷すと記されていて、出雲大社が元は奈良にあったことがわかる。〈相撲と出雲〉

 日本では奇数が吉と考えられているのに、稽古事を6歳の6月6日に始める風習があるのはなぜか、など、日本舞踊の演出家が芸能に関わる言葉を考察した一冊。 (檜書店 1980円)

「花歌舞伎徒然草」夢枕獏著、萩尾望都絵

 夢枕はベルリンの壁が崩壊した翌年の1990年、初めて坂東玉三郎の舞台を見た。それは「華岡青洲の妻」だったが、肉体の動きが静止する美しさに打たれて歌舞伎も好きになり、衝動に駆られて歌舞伎の台本を書き始める。タイトルは「三國傳來玄象譚」。帝が大切にしていた唐渡りの琵琶「玄象」が鬼に盗まれた。源博雅が羅生門で琵琶の音色を聴き、それは玄象ではないかと声をかけると、紐で結ばれた玄象がするすると下りてきた。博雅は返してほしいとは言わず、鬼と闘っていない。臨床心理学者の故・河合隼雄は自閉症の子どもへの対処法と同じだという。闘わずに待つ、のだと。<「花の速度をもつ人」>

 他に、歌舞伎と宝塚は似ているとみる「歌舞伎と宝塚、そして『ポーの一族』」など、独特の美意識で展開する歌舞伎論。 (河出書房新社 1870円)

「もう一度楽しむ能」友枝真也、馬場あき子著

 能舞台の橋掛かりにかかっている幕の奧には「鏡の間」がある。その床几に座れるのはシテだけであり、そこには女性は絶対入れない。「装束の間」で装束をつけるのは単なる「作業」だが、「鏡の間」では鏡の前で面を着けて役になっていくと、喜多流のシテである友枝は言う。

 修羅物の能〈忠度〉では岡部六弥太の前に平忠度の亡霊が現れ、歌人の藤原俊成に託した和歌が「千載集」に「詠み人しらず」として載ったことを嘆く。六弥太は自分が一ノ谷で討ったのが忠度であったことを知るが、ここでシテの地獄の心理状態を表す舞、カケリが入る。ふつうは死の直前などで入るが、歌人の忠度が認識された場面でカケリが入ることに馬場は感銘を受ける。〈美しき敗北者たち〉

 能役者の喜多と、能楽の評論も行っている歌人、馬場の対談集。 (淡交社 2420円)

「伝統芸能の革命児たち」九龍ジョー著

 ザゼン・ボーイズの向井秀徳は初めて全席指定のライブを企画したとき、観客が座席に着くからこそのプラスアルファがほしいと考えた。落語で何かできないかと、立川志らくの「らくだ」を聴いた。志らくの落語は暴力や不条理に満ち満ちていた。コンタクトをとると、志らくは向井を知らなかったが、落語界の自分の立ち位置と似ていると直感した。向井が「師匠の落語のバックで我々が演奏して……」と切り出すと、志らくは「私の後ろでは、音楽は鳴らないと思います」とつれない。

 だが雨の日、日比谷野外音楽堂でザゼン・ボーイズのライブに行くと、音が塊となって志らくにぶつかってきた。そして、落語とロックのコラボが実現する。〈遊び足りないザゼンと志らく〉

 ほかに講談の神田伯山、新派の喜多村緑郎など、注目されている芸能者を取り上げる。

 (文藝春秋 1650円)

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