「世界のアーティスト 250人の部屋」サム・ルーベル著、ヤナガワ智予訳

公開日: 更新日:

 アーティストにとって、自邸は憩いの場であるとともに、自らの芸術思想や哲学が詰め込まれたひとつの作品でもある。創作が生まれるアトリエであり、時にはアイデアの源、そして創作に行き詰まったときには戦場と化す場所であろう。

 そんな究極のプライベートともいえるアーティストたちの部屋を紹介する豪華グラフィックブック。

 甘美な画風で知られるヴィクトリア朝時代の芸術家フレデリック・レイトン卿(1830~96年)のロンドンの屋敷は、その作風からは連想できぬ、オリエンタリズム満載の壮麗な「芸術の宮殿」。建設当初は、アトリエを中心としたレンガ造りのシンプルな建物だったが、30年かけて増改築が繰り返され、手の込んだ装飾が加えられていったという。

 かと思えば、アイルランド・ダブリンにある画家フランシス・ベーコン(1909~92年)のアトリエはゴミ屋敷と見間違えてしまうほどの混沌の極み。彼が30年創作の拠点としたこのアトリエは、ありとあらゆるところに、絵の具が飛び散り、引き裂かれたキャンバスやねじ曲げられた画材、空き箱、本、古新聞や古雑誌、そして医学や闘牛などさまざまなテーマの品々が散乱、堆積している。

 あの伝説のファッションデザイナー、ガブリエル・“ココ”・シャネル(1883~1971年)のパリ・カンボン通り31番地のアパルトマンの室内は、今も生前のまま彼女の帰りを待っている。生前の彼女は、階段でつながった階下の自身のブティックで催されるファッションショーを眺めながら顧客の反応をうかがっていたそうだ。

 他にも、レオナルド・ダビンチ(1452~1519年)が晩年を過ごしたフランスのクロ・リュセ城の一室や、2014年に建築界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を受賞した日本人建築家・坂茂(1957年~)の私邸、「大邸宅に住む必要などまったくない」とジャズ界のレジェンド、ルイ・アームストロング(1901~71年)が選んだニューヨーク・クイーンズの労働者階級が暮らす地区にある家(写真①)など。

 画家、建築家、音楽家、作家、デザイナーらさまざまなジャンルの古今の巨匠たちの息遣いが残る部屋部屋を紙上で巡る。

 豪華、絢爛、広大、洗練、さまざまな部屋があり、部屋はまさにその人とその作品を体現していることが分かる。

 ため息が出るような部屋ばかりが並ぶ中、アメリカの俳優・コメディアン・脚本家でもあるエイミー・セダリス(1961年~)の部屋は1DKのアパート。マンハッタンで最も陽気で楽しい家と評されるその部屋は、キッチュでDIY感たっぷり。親近感がわくと思ったら、部屋を埋め尽くすオブジェの多くは東京の雑貨屋で見つけたものだという。

 博物館として公開されている部屋もあるが、非公開の部屋も多く、のぞき見気分で数々の名作が生まれた舞台を訪ねる楽しい読書時間を提供してくれる。

 (青幻舎 4950円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  3. 3

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 4

    阪神・大山を“逆シリーズ男”にしたソフトバンクの秘策…開幕前から丸裸、ようやく初安打・初打点

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    創価学会OB長井秀和氏が明かす芸能人チーム「芸術部」の正体…政界、芸能界で蠢く売れっ子たち

  2. 7

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  3. 8

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  4. 9

    大死闘のワールドシリーズにかすむ日本シリーズ「見る気しない」の声続出…日米頂上決戦めぐる彼我の差

  5. 10

    ソフトB柳田悠岐が明かす阪神・佐藤輝明の“最大の武器”…「自分より全然上ですよ」