「アルツ村」南杏子氏

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「認知症になる人が増え続けていて、団塊の世代が後期高齢者になる2025年には、高齢者の5人に1人が認知症になり、なんと約700万人に達します。私の勤務している高齢者用病院の入院患者の平均年齢は89歳で、その8割の方に認知症状があります。認知症の一般的なイメージは記憶障害や徘徊かもしれませんが、症状はさまざま。介護する側の事情もいろいろです。認知症の高齢者を取り巻く環境は今後どうなっていくのだろうと想像を働かせ、この物語を書きました」

■高齢者だけが暮らす村が舞台

 著者は現役の医師。吉永小百合主演で映画化された前作「いのちの停車場」では在宅医療の現場を描いた。最新作の本書では認知症をテーマにした。北海道のとある山間地に広がる、高齢者だけが暮らす「アルツ村」が舞台だ。

 主人公の三宅明日香は39歳の元看護師。札幌に住んでいたが、夫のDVから逃げるため、7歳の娘を連れて夜中に車を北へひたすら飛ばす。迷い込んだ先がアルツ村だった。最初に出会った老齢男性に「なっちゃんはいつ帰って来たんだ?」と聞かれる。孫の「夏美」と思われたのを幸いに、明日香は「なっちゃん」のふりをして男性を「ジイジ」と呼び、彼の家で暮らす日々が始まる。

「周りの人たちのケアを受けながら、ジイジは寝たきりの妻と暮らしていたんですね。明日香が来たことを喜びますが、少し時間が経つと、また『なっちゃんはいつ来たんだ?』と同じ質問をします。先ほどまで交わした会話が頭の中でリセットされる近時記憶障害です。このように記憶や思考など脳機能が失われるだけでなく、判断力や問題解決力も衰えるのが認知症です。最も多いアルツハイマー型認知症は多くの場合、病気の進行期間は10年。最初の3年は『時間』、次の3年は『場所』、最後の3年は『人』が記憶できなくなるんですね」

 医師も巡回するアルツ村には別荘のような一戸建てもあれば、5人が共同生活をするグループホーム的なしゃれた家もある。明日香は村内を散歩し、畑仕事をする人からトマトやキュウリをもらったり、蔵書いっぱいのライブラリーを持つ人からうんちく話を聞いたり。グループホーム的な家に招待され一緒に料理を作って、みんなで食事もする。「こんなに平和な時間を過ごせるなんて」と涙するシーンもある。

 一方、明日香を夫の浮気相手だと幻想する女性からは攻撃されたりもする。

「認知症の人は、自分の生存を脅かす存在には防衛反応を示しますが、『ありがとう』と言ってもらうとうれしい。自分が誰かの役に立つことに根源的な喜びを見いだす人が多いんですね。そうした交流によって、血液のデータが良くなったり、髪の毛が黒くなったりする患者さんをリアルに診てきています」

 アルツ村の人たちは、昔から住んでいるように見えて、その出自は謎めいている。しかし、誰もが懸命に生きている。病状のさらなる進行が待ち受ける未来を意識するよりも、支え合い、互いに前を向こうとしている。明日香はそう思うが、一方で違和感も禁じ得ない。敷地外に出ることができない。家族が会いに来ない。「姥捨山だ」との声も聞く。医療費も滞在費も無料……。

 本書は、実はそうした謎を「なっちゃん」こと明日香と共に解いていく「メディカルミステリー」なのである。患者と家族にはそれぞれに個別の事情があり、運営側も医療の実相を抱えている。終盤に2度のどんでん返しがあり、心底驚かされる。

「高齢の親がいる人にも、自分自身の加齢を感じている人にも読んでほしいです」

(講談社 1870円)

▽みなみ・きょうこ 1961年生まれ。日本女子大学卒。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入。卒業後、慶応義塾大学病院老年内科などに勤務したのち、スイスに転居。スイス医療福祉互助会顧問医などを務める。帰国後、都内の高齢者向け病院に勤務する傍ら、「サイレント・ブレス」で作家デビュー。ほかに「いのちの停車場」「ヴァイタル・サイン」などがある。

【連載】著者インタビュー

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