価値観の再構築にも役立つ エッセー本特集
「なみまの わるい食べ物」千早茜著
普段の作風からは想像できないユニークな思考や、意外な生活を垣間見ることができるのがエッセーの醍醐味。肩の力を抜いて読むことができるのはもちろん、自分の生き方や思考を振り返るきっかけにもなるものだ。作家たちの語りを楽しみつつ、新たな発見に役立てて欲しい。
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「なみまの わるい食べ物」千早茜著
直木賞作家の食エッセーシリーズ第4弾。大事な日はだいたい体調が悪いという著者。その日もどんよりとしながら竹の皮を水に浸していた。なぜなら、おにぎりを包むためだ。間もなく、直木賞の“待ち会”が始まる。文学賞の選考会があるときに、候補者と編集者が結果を待つために催す会のことだ。
食べ物を持ち寄り、発表まで食べながら待とうということになった。梅のおにぎりが食べたいという編集者のため、炊きたての新潟米に粗塩をまぶし、塩だけで漬けた梅干しを入れて竹の皮で包む。候補作「しろがねの葉」の主人公である“ウメ”は江戸時代を生きた女性なので、ラップに包んだおにぎりではいけないのだ。
恋人の家の魚焼きグリルで皮ごとヤングコーンを炙り、引っ越し先に「魚焼きグリルのあるとこ」を第1条件にしたり、冬の銀座でシャキシャキとホクホクが楽しめるセリを大量に購入する様子などもつづる。全30編のおいしいエッセーだ。 (集英社 1760円)
「犬と生きる」辻仁成著
「犬と生きる」辻仁成著
息子とふたり、パリで暮らしてきた著者は、子育ても一段落し一抹の寂しさを覚える頃、犬を迎える決心をした。本書は、愛犬と寄り添い暮らす第二の人生をつづったエッセーだ。
やってきたのはミニチュアダックスフントの子犬・三四郎。彼のおかげで家庭の雰囲気はガラッと変わった。大学受験を前にぎくしゃくしていた息子とも、三四郎が来てからは笑顔で挨拶を交わすようになる。三四郎のベッドを挟み、ふたりと1匹が横並びでくっついて過ごすことで会話も弾み、まさに犬はかすがいだと語る。
著者自身も大きく変化する。きれい好きで神経質だったはずが、三四郎のうんちを「くちゃいくちゃい」などと言いながら片づける瞬間に喜びを感じる。コミュニケーションが苦手だったが、散歩の途中で見ず知らずの人と三四郎を通じて交流を深めたりもするという。
寂しさを紛らわせる以上の幸せに満ちた愛犬との日々に、心が温かくなる。 (マガジンハウス 1980円)
「だいたいしあわせ」阿川佐和子著
「だいたいしあわせ」阿川佐和子著
ささやかな出来事から小さなしあわせを見つけ、日々を楽しく過ごすコツがつづられたユーモアたっぷりのエッセー。2023年に地方紙でスタートし、全国12紙へと拡大した大人気連載の書籍化だ。
ある日体調を崩し、唾をのみ込むだけでも死にものぐるいで1週間も寝込んでしまう。なんとか買い出しに出かけたところ、目に入ったのはみかんの缶詰。冷たく甘い汁と、柔らかい果実が喉を通り過ぎていく。元気なままならこれほどの感動はなかった。幼い頃に母が食べさせてくれた光景も思い出しつつ、病床の味を堪能する著者。
ほかにも、敬遠していたゴルフにハマった話や、親の介護で美容院から足が遠のいたら自分で髪を切るのがうまくなった話などが、直筆のイラストとともにつづられる。被災した友人のために能登で餃子をつくる会を催し、逆にしあわせをもらった話も必読。本書の印税は、全額能登の復興支援に寄付されるという。 (晶文社 1760円)
「谷川俊太郎のあれやこれや」谷川俊太郎著
「谷川俊太郎のあれやこれや」谷川俊太郎著
2024年11月13日、92歳で逝去した著者のエッセーなどさまざまな作品を収録した本書。書名は生前の著者自身が付けたという。
詩人であり絵本作家でもあった著者だが、子どもとのつながりは歌が先だったという。同世代の音大生で、のちに「さとうきび畑」の作者となる寺島尚彦氏とともに、「とんびのピーヒョロロ」などを“新しい子どもの歌”と称して作り上げた。童謡から一歩進んだ歌を作ってきたつもりだったが、最近の子どもたちが好むアニメやゲームの歌にはもう、ついていけないと吐露する。
一方で、自身も子どもの頃は「のらくろ」や「猿飛佐助」などの漫画に夢中になってきたことを振り返り、子どもの文学がアニメやゲームなどほかのジャンルと混交していくことは歓迎しているとつづっている。
友人の寺山修司から相談を受け、恋人との仲直りの仕方を指南したなど亡き人たちとの思い出から、戯文・戯曲なども収録。著者の魅力が詰め込まれた一冊だ。 (筑摩書房 2530円)