国内一択!旅を一味豊かにする本特集
「また旅2」岡本仁著
この夏、航空チケットの価格を見て、不安定な世界情勢を実感したという読者も多いのではないだろうか。旅の楽しさは移動距離に比例するわけではない。国内旅行や近所ですらも豊かにしてしまう本をご紹介。
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「また旅2」岡本仁著
大学のお膝元だし、そこには学生街のようなエリアがあって熱気ムンムンなのではないか--想像とはかけ離れて、実際に訪れた茨城県つくば市は、人影の少ない整然とした街区が広がっていた。
つくば市は、“センター”と呼ばれる中心地にショッピングモールや教育施設が集められており、“無菌”などの言葉が思い浮かぶほど計画造成が進んでいる。
では、地元の人がどこで遊ぶかというと、幹線道路をそれて脇道に入った“センターの外”だ。シックな店内でライブやアーティストの作品展示が随時開かれる喫茶店「千年一日珈琲焙煎所」や、新刊からレコードまでを扱う書店「ピープル・ブックストア」など、〈ちょっと悪いことも教えてくれそうな頼り甲斐のある先輩たち〉が、自らの考えで街を面白くしている。(「つくばへ」)
2000年代カルチャーを牽引した雑誌「リラックス」や「ブルータス」で編集に携わった著者が、日本各地を味わい尽くすエッセー集。
(暮しの手帖社 2200円)
「全国『重伝建』散策ガイド」町井成史著
「全国『重伝建』散策ガイド」町井成史著
宿場町や城下町、港町など、日本には固有の町並みが各地に残されている。歴史や文化的背景から当地の性格が育まれ、国はそうした地区を「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」として保護している。
たとえば、幕末に横浜、長崎とともに開港した北海道・函館。その発祥とも言えるのが、港から函館山の麓にかけて広がる元町末広町。明治期末から昭和初期ごろに建てられた洋風建築や和洋折衷の建物などさまざまな歴史的建築物が残り、異国情緒漂う美しい景観を楽しめる。
一方で、青森県弘前市は17世紀前半の慶長年間に築かれた城下町の趣が楽しめる。当時、城の防備のために侍町が配置され、この一部が現在の仲町で、広さ10.6ヘクタールにあたる短冊形のエリアが重伝建に選定されている。
以降、日本全国129地区を町並みの写真と観光情報とともに紹介。
(光文社 1870円)
「東京の銭湯」ぴあ編集
「東京の銭湯」ぴあ編集
“キングオブ縁側”の異名を持つ足立区北千住「タカラ湯」。その由来は男湯にある老舗旅館のような立派な縁側だ。
1938年に現在の場所に移転してきた当時、庭師をしていた初代店主が手塩にかけて造った日本庭園が飴色の欄干の先に広がり、湯上がりのひとときはまるで殿様気分だ。
1940年創業の立川市「立川湯屋敷 梅の湯」は3代目店主が新たな銭湯の形を模索する。「漫画が読める銭湯」は各地にあるが、当店はそれを本格化。現在の蔵書は1万冊以上で、レーベルごとの本棚のほか、店主イチ押しの「転生もの」の棚まである。若い世代が漫画を楽しみに来店し、新たな客層を開拓した。
そのほか、プロマジシャンのタジマジックさんが店主を務め湯上がりにマジックショーを見られる「昭和浴場」(東高円寺)などの変わり種まで、全55湯を網羅。巻末には「最寄り駅別INDEX」も付録され、都民必携の一冊だ。
(ぴあ 1200円)
「タイムスリップ・ツーリズム」前田潤著
「タイムスリップ・ツーリズム」前田潤著
一般的なガイドブックに沿って観光名所を巡るのもいいが、あれもこれもと詰め込んで記憶に残らないという体験はないだろうか。
そんな気疲れする旅に辟易した著者が実践するのが“タイムスリップ・ツーリズム”だ。ルールは簡単--〈①特定の時代を決めて、関連書籍を何冊か読み込む②旅先の風景に、想像した時代をピタリと重ねてみる〉、以上2つだ。
湘南・鎌倉エリアを舞台に著者が時間旅行を企てるのは「1920年代」。関連書籍は、「地獄変」「或阿呆の一生」などの芥川龍之介の作品だ。芥川は新婚時代を鎌倉で、死の直前を江の島近くの割烹旅館「東屋」で過ごすなど、彼の人生とこの地は不可分なのだ。著者はゆかりの地を歩きつつ、芥川が湘南に逃亡した本当の理由は東京の煩わしさではなく、関東大震災以降の機能性と目的性を追求する社会に行き場を失ったからではないかと思い至る……。
ほかに、古代飛鳥から江戸吉原まで時間を旅しながら、縦横無尽に思索をめぐらす。
(現代書館 2200円)