「8月32日」toshibo著
「8月32日」toshibo著
小学生だったときの8月31日、終わらない宿題を前にしてあと1日、夏休みがあったらと願ったことがある人は多いだろう。本書のタイトルは、期待しながらも決して来ることはなかったその8月32日。
新学期を迎えるはずの9月1日ではなく、32日、33日、34日と、まるで夏休みが永遠に続く「バグって」しまった世界に紛れ込んだように、誰も見たこともない異形の風景を撮影した写真集。
「8月32日 永遠の夏」と題された冒頭のパートでは、廃虚化した学校が被写体になっている。天井や壁、そして床までが崩落して窓ガラスとそれを支える窓枠だけがかろうじて残った廊下、壁一面の書棚から図書室と思われるが、収められた本は一様に脱色し、崩落した天井の残骸が積もる床からは植物の若木が何本も生え、そこだけは鮮やかな生の世界をつくり出している。
さらに、雨水が染み込み苔に覆われた体育用のマット、風化した卓球台とその上に置かれたラケット、誰かが現れるのをひたすら待ち続けてきたかのような理科室の人体模型など。
夏休み明けの再会を喜び合う子どもたちの声であふれる9月1日との落差を感じさせる風景が、見るものの心に不安や不穏な気持ちをさざ波立たせる。
続く「8月33日 片道切符」は、廃線がテーマ。
放置された車両や、経年劣化で歪んでS字を描き、自身さえもその役目を完全に忘れているものと思われる線路、そしてわずか数段の高さの長方形のスペースとその前からのびる直線の砂利道、砂利道の先の小さなトンネルから、ここがかつて駅であったと推測できる深い森の中の一角など。
もはや多くの人の記憶からも消えた幻の路線なのに、来るはずのない列車を思わず待ってしまいそうになる。ここから抜け出すためか、それともさらなる別の次元の世界へと移動するためか自分でもわからないうちに。
夏が終わらなければ、紅葉することもなく植物たちはますますその生命力を爆発させる。さらに「8月34日」は「侵食する緑」として、一面が蔦などの植物に覆われ、周囲の自然の風景と一体化しつつある集合住宅の写真で始まる。
ほかにも、生い茂った植物にのみ込まれようとしている遊園地やゴルフ練習場、遊技台の存在でかろうじてそれと分かる緑に侵食されたパチンコ屋など。
8月が続く限り、これらの侵食はとどまることはない。
以降、「35日 残響」「36日 現実未満」、「37日 夏の裏側」と6パートで構成。
どの作品にも人の気配は感じられず、読み進むうちに終末世界に放り込まれたような気分にさせられる。半面、本書から視線を上げ、世界が正確な時間を取り戻したとき、生のありがたさを改めて感じることだろう。
(芸術新聞社 2750円)