「TOKYO JAZZ JOINTS 消えゆく文化遺産ジャズ喫茶を巡る」フィリップ・アーニール著

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「TOKYO JAZZ JOINTS 消えゆく文化遺産ジャズ喫茶を巡る」フィリップ・アーニール著

 日本独自の文化であるジャズ喫茶に魅了された北アイルランド出身の著者が、友人とともに東京、さらに全国のジャズ喫茶を巡り撮影した写真集の日本語版。

 かつてジャズ喫茶は、コーヒー1杯の代金で浴びるように音楽に浸れる貧乏な若者たちのオアシスのような存在だった。しかし、時は流れ、今ではスマホで無限に音楽を聴けるようになり、戦前からの歴史を刻むジャズ喫茶は、必然と往時の輝きを失いつつある。

 しかし、先行してドイツの出版社から刊行され、世界65カ国以上で販売された本書を機に、今、世界中で日本のジャズ喫茶文化に注目が集まっているという。

 企画が本格的に動き出したのは2015年。打ち合わせを兼ねて訪ねたのは、友人が紹介してくれた東京・蒲田の「直立猿人」(表紙)だった。

 狭い階段を上ると階段の一番上にはビールの空きビンのケースが積まれ、その横にはマイルス・デイビスの巨大な写真が鎮座。

 安っぽくてガタガタのドアを開けると、長年のたばこの煙で黄ばんだ窮屈な空間に、テーブルとベンチ、そして年季の入った赤いベルベットの椅子4脚がカウンターに向かって並んでいる。

 その部屋の壁を埋め尽くす棚には、きしむほどの貴重なレコードが大量に納められ、客は収蔵レコードのリストが記録されたノートを見て、リクエストする。

 帰り際にトイレに行くと、その扉にはピアニスト、セロニアス・モンクの「ジャズと自由は手をつないでゆく」という言葉が走り書きされていた。

 膨大なレコードコレクションとそれを最高の状態で提供する高級なオーディオ機器、そしてジャズをこよなく愛する店主、そして極上の音楽と、客と店主らが織り成す音楽を巡る会話が染み込み堆積した独特の空間、そのどれもがジャズ喫茶に共通するが、同じ表情の店はひとつとしてない。

 ジャズ喫茶にCDやMDなど後続の媒体は似合わない。「コルトレーン・コルトレーン」(佐賀県鳥栖市)では、2台のターンテーブルが並び、店主がその選ばれたアルバムに慎重に針を落としている。

 ほかにも、なぜか所狭しと招き猫が飾られた不思議な空間「Jazz Bar サムライ」(東京都新宿区)、木製の扉は風雨にさらされ白茶け、テント看板の文字も消え、外観は廃屋然としながら看板の明かりがともっていることで営業中と分かるガロ(神奈川県川崎市)など。

 全国60店ほどのジャズ喫茶・ジャズバーが収録されているのだが、本書はガイドブックではなく写真集であるので、それぞれの店の印象的なショットがアトランダムに収録され、本書全体でジャズ喫茶のあの独特の空間を表現している。

 ページを開けば、読者はたちまち、そのジャズ喫茶独特の空間へといざなわれる。 

(青幻舎 4180円)

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