彩瀬まる(作家)

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3月×日 原稿がなかなか進まない。理由はわかっている。国際情勢が不安定だからだ。従来の国際秩序が揺らぎ、別の形に遷移する過渡期にいるように感じる。私はどの小説も、「私たちが住んでいる世界とはこういうものだ」と漠然と共有されているイメージを足場にして書いている。だからその足場が揺れると、書きにくい。近現代史の復習を兼ねて、ヘレン・ミアーズ著「アメリカの鏡・日本 完全版」(伊藤延司訳 KADOKAWA 1320円)を読む。第2次世界大戦終結後にGHQの諮問機関のメンバーとして来日した東洋学の研究者である著者が、ペリー来航以降、西洋文明が日本に与えた影響と、これから占領を通じて与えていく影響について丹念に書き記した貴重な本だ。当時のアジアと西洋の関係性が、直視したくない醜悪な領域も含めて明瞭に言語化されており、著者の胆力と透徹したまなざしに息を呑む。加藤陽子著「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(新潮社 990円)と合わせて読むと、当時の日本を内外両方の視点から見ることができていい。

3月×日 世界は揺れ続けているけれど、なんとか日々を乗り越えたい。本棚から東えりか著「見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録」(集英社 2200円)を取り出す。著者の東えりかさんは書評家で、夫の保雄さんは医薬品研究の技術者だった。ある日保雄さんは急な腹痛を訴えて入院し、それからいくら検査を行っても原因が特定できず、みるみる衰弱した。3カ月後にようやく告げられたのは「原発不明がん」という耳慣れない病名だった。本作は希少で難解な病気に翻弄される患者と家族の闘いの記録であると同時に、その日々を通じて得られたがん診療に関する重要な知見を、ほかの多くの人へ届けようとする人生のたいまつのような本だ。深い悲しみから歩を進め、東さんは書評家の強靱な取材力と分析力を駆使して本作を書いた。困難の中で立ち続けた、人生の先輩の輝きに鼓舞される。

【連載】週間読書日記

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