改めて問う原発
「百年の挽歌 原発、戦争、美しい村」青木理著
「原発に公的融資」を盛り込んだ法案を閣議決定する高市政権。むこうみずな再稼働をなぜ急ぐのか。
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「百年の挽歌 原発、戦争、美しい村」青木理著
2011年3月のあの大地震から1カ月後の深夜、福島県の飯舘村でひとりの老人がみずから命を絶った。生まれは明治41年。102歳の長寿に恵まれた農業一筋の温和な老人である。なぜ彼は自死したのか。ジャーナリストとして政治・社会問題に迫ってきた著者はその謎を追う。
震災前の飯舘村は「日本で最も美しい村」のひとつに認定されるほど豊かな自然に恵まれた地。それが原発事故という人災でずたずたにされた。避難した村人たちは震災後、いったんは村に戻ったものの移転先が決まり次第、村を出ることになっていた。それを苦にして自死に至った、と普通は解釈されそうだが、著者は納得できない。
さらに深く老人の生涯をたどり直したとき、年の離れた弟が戦時中に徴兵され、硫黄島で戦死したことを知る。国の命令ひとつで命を左右される庶民の痛みと悲しみに思いを馳せながら、いまは亡き老人の心中に迫ろうとする著者。
政治家の疑獄や策謀に迫る調査報道とも一味違う、著者ならではの取材と想像力がぐいぐいと読む者を引っ張る。ノンフィクションもまた「文学」なのだと実感させる力作である。 (集英社 2200円)
「それでも日本に原発は必要なのか?」青木美希著
「それでも日本に原発は必要なのか?」青木美希著
かつて福島原発で保守点検を担当した男性。震災当時は退職していたが、いきなり避難先に連絡が来て呼び戻され、断れずに引き受けたものの数カ月で被ばく線量が限度に達して現場を離れた。ところが翌年には原発再稼働。意を決した男性は反原発運動に身を投じたところで突如、脳出血を起こして亡くなったという。こんなエピソードから始まる本書は日本にも再生エネルギーの可能性が十分にあるにもかかわらず、それが抑圧される構図を取材を通して明らかにする。太陽光の事業も政府が後押しをやめたために中国に追い抜かれたという。
実は大手マスコミは裏で原発推進のスポンサー筋に論調を左右されているという庶民の疑いがかねて晴れない。まさにそれを裏付けるのが著者の経歴。地方紙を振り出しに大手全国紙の社会部記者に引き抜かれ、東日本大震災では翌日から現場取材に入った著者。しかし社説で「原発ゼロ社会」を打ち出しながら影響が長期化するにつれ、上司が「原発はこの職場の職務ではない」と著者の企画提案を忌避。それでも個人で取材を続けるといきなり記者職から外され、最終的に会社名を伏せて個人として出版した本が職務規定違反としてけん責処分という仕打ち。要は大手全国紙も「原子力ムラ」の一部であることからくる猛烈な圧力と嫌がらせなのだ。あとがきの最後の一行まで記者魂がみなぎる力作だ。 (文藝春秋 1100円)
「さようなら原発運動」鎌田慧著
「さようなら原発運動」鎌田慧著
原発事故の直後に大江健三郎や坂本龍一らが呼びかけて始まった「さようなら原発」運動。ほかに内橋克人、落合恵子、澤地久枝、瀬戸内寂聴、辻井喬、鶴見俊輔、そして本書の著者の計9人が呼びかけ人となったことで、脱原発の機運が一気に大衆運動へと盛り上がっていった。
福島のすさまじい事故と過酷な住民避難を前に「危ない」と書くだけ、言うだけではダメだと思った著者の思いは広く共有されたものだったといえるだろう。
事故から半年後の9月なかばに東京・千駄ケ谷の明治公園で開かれた「さようなら原発5万人集会」には6万人が参加。その前後を含め、運動の具体的な記録として書かれたのが本書だ。「一人の力は小さいですが、1000万人が原発はいやだと署名したら、いくら頭のよくない政治家であっても、それは無視できません」という澤地の発言は運動を代表したといえよう。政府の補助金行政で原発誘致に走った自治体は多いが、著者の取材では新潟、山口、宮崎、三重、高知県などの自治体で住民による原発食い止めが功を奏したという。そのひとつが石川県珠洲市。2年前の能登地震の震源地だ。反原発を貫いた地元の努力が、不運な震災後にもふるさとを守る強い盾となったのだ。 (皓星社 3300円)



















