「異境」のフロイト像を描きながら精神分析の歴史をたどっていく「異境のフロイト」上尾真道著

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「異境のフロイト」上尾真道著

 認知科学や脳神経科学の進展によって、いまや精神分析は過去のものとなりつつある感はあるが、精神分析が20世紀の思想に新たな領野を開いたことは間違いない。その意味で、その祖であるフロイトが「いったい何を開始し」、精神分析が「どのように始まり、何を新たに可能にするものだったのか」を問うことは肝要だろう。

 本書は、フロイトが陥った挫折や葛藤の道筋にも深く分け入って、「場違いで、反時代的な異他性」であるような「異境」のフロイト像を描きながら精神分析の歴史をたどっていく。

 最初の着目点は、1900年に刊行された「夢解釈」の表紙に飾られた「天上の神々に説き伏せられぬのなら、冥界を動かさん」という「アエネーイス」から取られた銘。神経症の総括的な著作を準備していたフロイトは計画を断念、その代わりに冥界=地下世界(無意識)を舞台とした精神分析家の幕開けとなる「夢解釈」を上梓した。その後、第1次世界大戦における戦争神経症の治療に精神分析が効果があったことなどから、その社会的役割が認められるようになる。

 そこから精神分析は国際的な広がりを見せていくのだが、C・G・ユングの離反など内部分裂も生じていく。また、大衆という組織化されない集合心理の問題は、ケルゼンやシュミットなどの政治思想にも影響を与えていく。

 この集団心理の問題は当時喫緊の問題であった「ネーション」とも響き合うもので、やがてそれはアインシュタインがフロイトに対して「人類を戦争という悲運から解放する道はあるか」と問うた(1933年)ことにもつながっていく。それはまた、最晩年にウィーンからロンドンへの亡命を余儀なくされたように、自身のユダヤ人という出自の問題とも絡んでくる。

 こうしたフロイトと精神分析がたどった紆余曲折の足跡は、文明史的問題として大きく捉えることもできるだろう。 〈狸〉

(岩波書店 3520円)

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