著者のコラム一覧
松尾潔音楽プロデューサー

1968年、福岡県出身。早稲田大学卒。音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、SMAP、JUJUらを手がける。EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲)で第50回日本レコード大賞「大賞」を受賞。2022年12月、「帰郷」(天童よしみ)で第55回日本作詩大賞受賞。

野木亜紀子と松岡茉優 二つの弩級の才能が起こす化学反応

公開日: 更新日:

 松岡茉優演じる主人公キーは元キャバクラ嬢にして現在は月刊誌ライター。と書けば「そんな転身あるわきゃない」とか、逆に「あー、ドラマにありがち」という容赦ないツッコミが入りそうだ。じつは観はじめたときのぼくもそのひとり。でもキーの経歴に象徴されるすべての設定には真っ当な理由と必然性があった。登場人物たちの勇気と弱気、良心と邪心、誠実さと小狡さ……野木はその両端、いわば白黒を明示することを厭わない。肩の凝らないエンタメづくりに従事する者として最低限の責務を果たすかのようだ。

 だが同時に、両端の間に横たわる巨大なグレー領域のグラデーションを細やかに、それは細やかに描いてもいく。あまりの丹念さは説明臭が発生する危険性を孕んでいるが、そうはならないという強い自信も感じる。俳優への絶対的信頼に依拠するものだろう。例えば、宮本エリアナ(初ドラマとは信じがたい達者さと存在感だ)演じるブラックミックスの桜が複雑な出自を語る場面がある。注意深く聞いていたキーは、話が終わると反応に困ったように視線を泳がせる。絶妙に中途半端な作り笑いで、沈黙を回避するかのようにボソボソと「詳しくありがとう」と言い、これまた中途半端に会釈する。その贅肉のないセリフと精密な演技は、〈説明〉を〈リアリティ〉へと反転させるにふさわしい。

 野木亜紀子と松岡茉優という二つの弩級の才能が起こす化学反応。『フェンス』、必見である。

■関連キーワード

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    梅野隆太郎は崖っぷち…阪神顧問・岡田彰布氏が指摘した「坂本誠志郎で捕手一本化」の裏側

  2. 2

    阪神に「ポスティングで戦力外」の好循環…藤浪晋太郎&青柳晃洋が他球団流出も波風立たず

  3. 3

    阪神・佐藤輝明が“文春砲”に本塁打返しの鋼メンタル!球団はピリピリも、本人たちはどこ吹く風

  4. 4

    自民両院議員懇談会で「石破おろし」が不発だったこれだけの理由…目立った空席、“主導側”は発言せず欠席者も

  5. 5

    広末涼子「実況見分」タイミングの謎…新東名事故から3カ月以上なのに警察がメディアに流した理由

  1. 6

    参政党のSNS炎上で注目「ジャンボタニシ」の被害拡大中…温暖化で生息域拡大、防除ノウハウない生産者に大打撃

  2. 7

    国保の有効期限切れが8月1日からいよいよスタート…マイナ大混乱を招いた河野太郎前デジタル相の大罪

  3. 8

    『ナイアガラ・ムーン』の音源を聴き、ライバルの細野晴臣は素直に脱帽した

  4. 9

    初当選から9カ月の自民党・森下千里議員は今…参政党さや氏で改めて注目を浴びる"女性タレント議員"

  5. 10

    “死球の恐怖”藤浪晋太郎のDeNA入りにセ5球団が戦々恐々…「打者にストレス。パに行ってほしかった」