「いつも、周囲の人々が自分をゴールまで運んでくれた。皆さん、ホンマにありがとうね!」
間寛平さん(お笑い芸人/76歳)
「寛平なんか新喜劇に出すな! 舞台が汚れるわ!」──そんな厳しい声を当時の社長から浴びせられつつも、当人は吉本新喜劇への登竜門とでも言うべき「ポケットミュージカル」で日々奮闘していた。吉本興業に入社した1970年のことである。
「『ポケットミュージカル』の当時のリーダーは、やなぎ浩二さん。何をやっても怒らない温厚な方だったので、本当に好き勝手にやらせてもらえました。今、考えると全然芸になってへんようなことまで……」
当時を懐かしみつつ、はにかむ間寛平さん(76)。芸人としてのデビューからは55年だが、新喜劇の座長に就任した年の翌年となる75年には、パチンコをテーマとした「ひらけ!チューリップ」という曲で歌手デビューを果たしている。
「僕は芸人としては日刊ゲンダイよりも5年先輩やけど、歌手としては同い年。そういう意味では、僕も50周年やね。音楽活動はその後も続けていて、今年はガガガSPさんとコラボして『KANPEI Calling』というタイトルの曲を作りました。50歳以上の一般のおばちゃんをオーディションで選んで、ガガガSPさんと僕と一緒にレコーディングした曲で、『日本全国のおっちゃん・おばちゃんを元気にしたい!』というテーマの曲です」
お披露目は12月7日に開かれる「淀川寛平マラソン2025」で行われ、CD発売は12月24日。78年には新喜劇の女性団員と結婚し、公私ともに順調に活動を続けていたが、86年にアクシデントが起きる。寛平さんの決め台詞「アメマ」に由来する「アメマバッジ騒動」だ。
「バッジを業者に頼んで10万個作ってもらったところ、費用は総額6300万円! テレビ番組の景品にと思っていたら、番組が突如終了してしまって製作費用が丸々借金になってしまったんですよ!」


















