1979年にオフコース「さよなら」がヒット! 無茶飲みしたのは20代前半
鈴木康博さん(シンガー・ソングライター/元オフコース/78歳)
80年代の日本の音楽はシティーポップと呼ばれ、今や世界的に人気になっている。高校の同級生だった小田和正さんと鈴木康博さんの2人でスタートさせたオフコースも、そのど真ん中のグループ。83年からソロ活動を続けている鈴木さんに当時から今に至るミュージシャン生活のお酒にまつわる話を聞いた。
■東工大時代に飲んだコークハイが最初のお酒
飲むようになったのはやっぱり大学(東京工業大学)に入ってからですね。デキシーランドジャズクラブというサークルに入って、ベースを弾いていたんですけど、演奏会の後には打ち上げがあり、その時にコークハイを飲んだのが最初かな。あの当時だから、飲め、飲めといわれてお定まりの悪酔いです。
場所は新橋。どんどん飲まされて、自宅は横浜だったけど、酔い潰れてどうやって家まで帰ったのか覚えていません。どうにか部屋には辿り着いていたけど(笑)。
あの頃、ビールをおいしいと思ったことはなかったですね。そのうちヤマハの音楽教室に通いながら、弾き語りのアルバイトを始めました。弾き語りの店というとリクエストは演歌というイメージだけど、そこは英語の歌もいいよという店で当時、流行っていたジェームス・テイラーとかを歌ったりしていました。
当時としてはオシャレなバーでした。客筋もよくて歌い終わるとお客さと一緒に飲もうとなって、夜中まで飲むことも多かったですね。酒量も増えました。お酒の種類も多くて、ズブロッカとかロンリコなんかも飲んでたかな。
オフコースは70年にデビューして79年に「さよなら」がヒットするわけだけど、ヤンチャだったというか、無茶飲みしたのは20代前半だったと思います。その頃、メンバーは5人ですが、オフコースのメンバーとではなく、友だちと飲むことが多かった。グループが売れ始めたのは20代後半。そうなると地方回りが始まります。グループでツアーをやるようになると外に出ることができなくて、ホテルで食事をするだけということが多かった。小田も含めて、みんなで飲んだ記憶はあまりないですね。
■飲みにケーションの時代
僕がよく飲むようになったのはソロでやるようになってからです。ライブが終わると、ミュージシャンの人と飲みますからね。当時はバブル。飲みニケーションの時代で、予算もあったからね。経費でパッとやろうという感じだったと思います(笑)。ビールに始まってワイン、ウイスキー、コニャック、最後はロンリコで終わりみたいな感じでしたね。
今は日本酒をよく飲んでいます。最後に飲みたい酒は何かと訊かれたら、日本酒の大吟醸とか、純米大吟醸。もしくは白ワインの切れのある辛口ですね。家飲みは滅多にしません。お寿司屋さんとかお蕎麦屋さんで、ゆっくり食べながら一杯やりたいです。
最近はライブの終わりに流れで飲みに行くということもないです。飲みニケーションがないのは寂しいですね。


















