浜村淳(2)芹洋子が語った思い出…「四季の歌」のヒットにも一役買っていた
「四季の歌」で一世を風靡した芹洋子は、浜村との思い出をこう語った。
《「キャンペーンで関西に行くと、ご自身のラジオ番組にゲストとして呼んで下さり、レコードをかけて下さったんです。普通は一回ゲストに出ちゃうと“間をちょっと空けよう”となるのですが、浜村さんは文字通り『毎回』。番組後の反省会ではいつも“焦らんでいきや。いつかは自分に合った曲と巡り合えるから、それまで辛抱しいや”と励ましてくださいました」
「浜村さんって一般には関西のオモロいおじさんと思われてるようですが、実際にお会いすると全然違います。着るものにしても、おしゃべりにしても、すべてがオシャレ。“ハイカラなオジさま”というのが私の第一印象でした」
その後、芹は歌手を目指して上京し、下積み時代を経験するわけだが、そんな時期に、大阪のオジさまの優しい言葉はさぞや励みになったに違いない。
実は浜村は「四季の歌」のヒットにも一役買っていた。
「当初は私のアルバムの中の一曲だったのですが、シングルカットするに当たって8社競作となり、しかも、もろもろの事情で私の『四季の歌』が一番最後になってしまったんです。そんな時でも“一番後ろだと、前が見えてかえってよかったやないか”と励ましてくださいました」


















